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●宿禰 すくね

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 古代の姓(かばね)の一種で「足尼」とも書く。埼玉県の稲荷山古墳の鉄剣銘に,「多加利足尼」とあるのを初見とする。この鉄剣は辛亥年の年紀を有するので471年ごろには,すでに「足尼(すくね)」の呼称が用いられていたことは明らかである。『続日本紀』の774年(宝亀4)の条に,〈阿曽美を朝臣となし,足尼を宿祢となす。諸も此の如し。必しも古によらず〉とあり,足尼が宿祢の古称であったことが知られる。もとは貴人の尊称であったが,語源説には「少兄(すくなえ)」または「輔(すけ)」説がある。また,高句麗の官名,少兄から由来するともいわれている。684年(天武13)の八色(やくさ)の姓の制では,朝臣についで,第三位にされた。このとき,大伴達(おおとものむらじ)・佐伯連(さえきのむらじ)・忌部連(いんべのむらじ)・土師連(はじのむらじ)ら50氏が宿祢を賜姓されている。このように大化前代以降,連の姓を有する神別の有力氏族が宿祢とされたことが知られる。奈良朝の終わりのころでは,この原則はしだいに破られ,朝臣につづく有力氏族に与えられるようになった。

〔参考文献〕太田亮『日本上代に於ける社会組織の研究』

佐伯有清『新姓姓氏録の研究』