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●杉田玄白 すぎたげんぱく

アジア 日本 AD1733 江戸時代

 1733〜1817(享和18〜文化14) 江戸中期の蘭方医。若狭国小浜藩医杉田甫仙の子として江戸に生まれる。名翼,字子鳳,号イサイ※注1※・九幸翁,通称玄白。居宅や塾は天真樓と称した。漢学を古学派の宮瀬龍門に,蘭方外科を幕府奥医師西玄哲に学ぶ。1752年(宝暦2)小浜藩医となる。1771年(明和8)3月4日江戸千住骨ヶ原(小塚原)で,前野良沢中川淳庵らと刑死者の屍体の解剖(腑分け)を見学,玄白と良沢が持参したオランダ解剖書の図と実際が一致するのに感銘,翌日から一緒に翻訳にかかった。十分な辞書もなく,苦心をかさね1774年(安永3)『解体新書』5巻を刊行した。この苦心談は晩年の『蘭学事始』にくわしい。これは本格的蘭書翻訳の最初で,《蘭学》の語もこのあいだに定着した。この後は藩医,家での診察,子弟の教育と蘭学界の指導者としての生活を送った。著書に『狂医之弁』『形影夜話』『和蘭医事問答』(奥州一関藩医建部清庵との西洋医事問答書)など。

〔参考文献〕片桐一男『杉田玄白』人物叢書1971,吉川弘文館

学蔵会編『杉田玄白全集』1944,生活社

蘭学事始』岩波文庫

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