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●末次平蔵 すえつぐへいぞう

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 長崎代官末次氏の初代政直(?〜1630・寛永7)・3代茂房(?〜1669・寛文9)・4代茂朝(1633・寛永10〜?)の通称。政直は,博多から長崎に移住した豪商末次興善の次男。1617年(元和3)長崎外町(そとまち)の代官に任命。朱印船貿易家でもありベトナム・フィリピン方面,タイワン(台湾島の安平)にたびたび派船した。茂房は政直の子茂貞(通称平左衛門,1647・正保4死去)の長男。父の代官職を継いだが1650年(慶安2)ごろ,落馬して脚を折ったので隠居した。茂朝(しげとも)は茂貞の次男。兄茂房の代官職を継ぐ。1672年(寛文12)の記録によれば長崎外町54町および肥前国彼杵(そのぎ)郡の10カ村(石高7698石)の代官。しかし1676年(延宝4)密貿易を行ったことが発覚して隠岐(おき)に流罪になり同地で死亡した。

〔参考文献〕川島元次郎『朱印船貿易史』1942,巧人社

岩生成一『朱印船貿易史の研究』1958,弘文堂

山脇悌二郎『抜け荷』1965,日本経済新聞社

森永種夫編『犯科帳』1958,犯科帳刊行会