●陶部 すえつくりべ
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古代において陶器をつくる部(べ)。陶器の製造方法は朝鮮半島から横穴式古墳の出現前に伝わったとみなされる。5世紀のなかごろ,「垂仁紀」に近江国鏡谷村の谷の陶人は天日槍の従者であったといわれる。また「雄略紀」によると,新漢陶部高貴なるものが来朝し,陶部のなかに帰化人の多いことを示すものである。しかし全国的に存在する陶にからむ地名の住人が,すべて帰化人であるという明証はない。陶器は全国的に存在しているから,陶器をつくる人とその技術は広く存在している。律令国家は焼き物関係者として,大蔵省の土工司に泥部・泥戸,筥陶司に筥戸はあるが,陶部はみられない。しかし和泉には陶部が大量に陶器を調としてつくっていたところがある。したがってこうした工房をつくっているところをみると,調として有効なものであったといえよう。