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●枢密院 すうみついん

アジア 日本 AD1888 明治時代

 1888〜1947(明治21〜昭和22) 天皇の政府上の最高諮問機関。枢府とも略称される。大日本帝国憲法制定に際して,その草案審議のために設置され,日本国憲法施行によって廃止された。その組織は議長・副議長各1人,枢密顧問官より成り,顧問官は,最初は単に12人以上とし,のち増減があったが,1913年(大正2)からは24名とされた。各大臣はその職権上から顧問官である地位を有し,表決権をもった。丁年以上の親王も同じ権利を有した。枢密院は天皇の諮問を待って会議を開き,多数によって議決し,院議として上奏した。諮詢事項はだいたい皇位継承・摂政・憲法・その付属法令に関する草案および疑義・憲法第14条8条70条の勅令・条約・官制・その他官規や教育に関する重要な勅令などで,枢密院は国政の全般にわたって発言権をもった。憲法の番人と称して,政党の伸長や議会の発達をはばみ,内閣が藩閥官僚内閣であるあいだは,政府と表裏一体となり,政党内閣の時代になると,政府と対立することが多かった。