●水神祭り すいじんまつり
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水神は水にまつわる神の総称で,信仰内容からみると,[1]飲料水の守護神(井戸神・川神など),[2]水難除けの神,[3]漁業神としての水神,[4]田の神的性格をもつ水神,[5]河童として現れる水神,[6]除疫神・天王信仰と習合した水神,などに分けられる。水神の性格は複雑であるが,一般に水神祭りは6・12月の年2回行われ,ことに水稲耕作にとって水の大切な時期で,疫病も流行する6月の祭りが中心である。【井戸神・川神の祭り】飲料水は,井戸や水道が普及する以前,川や沢の水・湧水を家へ引き込んで利用した。熊本県球磨地方では,川の水を引き込んだところをコウジ,湧水のところをユゴ,井戸をイゴウ(イガワ)と称し,イゴウ・ユゴ・コウジにスイジンサン(水神)を祀り,コウジの神は水神ともカワガミサン(川神)とも呼ぶ。ここに正月に御幣を立て,洗米をあげ,神主にお祓いをしてもらう。こうした飲料水以外に灌漑用水に重点を置いて,用水の維持をはかるため水神を祀る例もみられる。
【水難除けの祭り】夏期を中心とした水死事故をふせぐためや,まだ何度も洪水のため決壊した堤防の安全を祈願して水神祭りが行われる。いくつか例をあげてみると,熊本県球磨郡多良木町里之城では,旧6月1日にムラ中の人が参加し,川祭りを行い,神主に祓いをしてもらい,御神酒と御幣を川に供える。というのも,たびたび水死事故がおこったためで,「水難除け」を祈願するという。同じ多良木町小林では,春秋の彼岸に,川祭り場を設け,竹を4本立てて棚をつくり,米の粉の団子をあげ,水難除けを願う。このほか,関東の利根川流域では防水の神として水神を部落中で祀る例が多い。この水難除けのための水神祭りは,6月を中心に行われ,12月・1月にもカワビタリ餅をつくり,川へ餅を供える水神の祭りもみられる。
【水口祭り】苗代に種籾を蒔く日に,苗代の水の取り入れ口の水口で,祭りが行われる。水口に少なく土を盛り,そこに木の枝などを立てて焼米を供える。この祭りは一般に田の神を祀るものと考えられるが,水口を祭場とするのは,稲作にとって豊凶を左右する水の重要性を認識させ,水神と田の神とが密接な関連をもっていることをうかがわせる。
【河童】河童は,一般に水神の零落したものとして考えられているが,全国的に水難をもたらすものと考えられ,川祭りの主役をつとめてきた。青森県の津軽地方では,水死は河童のしわざで,水神様の家来であると伝える。この河童の脅威を抑えるため,水虎様(スイコとかオシッコサマと呼ぶ)が祀られている。この信仰は,明治の初めに木造町木造の日蓮宗実相寺の祈祷僧,長円尭諦が,河童を鎮めるため,これを水虎大明として神格化し祀るようになり,男女2体の河童像をつくり,旧5月21日を祭日として始まった。やがて,ここから水虎様が分祀され,水難除けの神として広く分布するようになった。このほか,河童が水難をもたらす存在ばかりでなく,春秋の2回出替りする伝承がみられる。春に山から川へ下ってきてカワンタロウ(川太郎)となり,秋から冬にかけて山へ帰りヤマンタロウ(山太郎)となる。この去来の伝承は,日本の民俗宗教における田の神と山の神の去来と同じもので,去来の時期からみると,農耕の開始・終了と密接な関係があるのではないかと推測される。
【天王信仰と水神】夏に疫病除けのため,各地で夏祭りが行われるが,その中心は八坂神社の祭礼で,各地では祭神名をとり天王祭といわれる。祭りは,神輿洗いや神葭神事などにみられるように,川辺での禊ぎや祓いを中心とし,川ないし水神のもつ除災力に頼るものと考えられる。また,夏越しの祓いで,人の除疫のための人形が川に流されるのも同じであろう。
〔参考文献〕直江広治「水神信仰と川」自然と文化 76,1976
河上一雄「水虎信仰」『津軽の民俗』1970,吉川弘文館