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●推古天皇 すいこてんのう

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 554〜628(欽明15〜推古36・在位593〜628)第33代目の天皇。欽明天皇の皇女で,母は蘇我稲目の娘の堅塩媛。名を額田部(ぬかたべの)皇女・豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)といい,敏達天皇の皇后になり,竹田皇子,尾張皇子らを産む。崇峻天皇の没後,皇位につき,蘇我馬子聖徳太子を起用して,中国文化の受容と仏教興隆をはかる。即位後,小墾田宮を造営してそこに移る。推古天皇が仏教興隆の詔を出したことによって,多くの豪族が君臣の恩をおもって寺院を建てたという。また,推古天皇のもとで,豊浦寺,四天王寺,法興寺の建立がすすめられている。推古期には,聖徳太子の指導のもとに朝廷の政治組織が整えられたが,太子の没後,天皇と蘇我馬子との対立が引きおこされた。そのこともあって,天皇は蘇我氏の血をひく聖徳太子の息子の山背大兄王にかわって田村皇子(のちの舒明天皇)に皇位をつたえたいと考えた。