●出挙 すいこ
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令制によれば,〈凡ソ稲粟ヲ以ッテ出挙セラバ,ママニ私ノ契ニ依ツテ,官ハ理スル事ヲナサズ。仍ツテ一年ヲ以ツテ断(かぎ)トセヨ。一倍ヲ過グルヲ得ザレ。基レ官ハ半倍セヨ。〉(雑令)とある。つまり,出挙とは,その注記に,〈春時,挙(いら)ヒ受ケ,秋冬ヲ以テ報ズ〉とあるように,春に稲粟を貸り,秋冬の収穫時に利息を付して返す制度であった。その場合,私出挙の場合は,個人間の契約で,政府は関与せず,その利息は1倍,つまり10割であった。政府が行う出挙(公出挙)は,その半分の5割が法定利息であった。公出挙は時代によっては,3割に下げられたこともあったが,公出挙はしだいに一種の租税化され,単なる勧農や救済制度ではなくなってきた。出挙は,中国の公廨銭物の利息つきの貸借制度に起源があるというが,日本では,「孝徳記」二年条に,〈吉備嶋皇祖母の処々の貸稲をやむべし〉とあり,大化前後に貸稲(いらしのいね)つまり出挙が行われていたことが知られる。〔参考文献〕村尾次郎『律令財政史の研究』吉川弘文館
薗田香融『日本古代財政史の研究』塙書房