50音順    検 索

●水泳 すいえい

AD 

 水泳競技は,競泳と飛び込み競技の2種をさすことばで,シンクロナイズドスイミング,水球は含めないのが一般的である。

【歴史】有史以前から,人類は泳いでいたと考えられる。したがって,水泳の歴史は,そこまでさかのぼらなければならない。食糧を得るためや身を守るために,そして,宗教的な儀礼としても水泳は行われ続けてきたのである。古代エジプト,インド,ギリシア,アッシリアのそれぞれの神話を初め,日本の神話にも,水泳に関する記述がみられる。水泳が教育内容として歴史にはっきり現れるのは古代ギリシアにおいてである。古代スパルタでは,市民の子弟(7歳〜20歳)たちは,戦士の教育の一環として水泳の厳しい訓練をうけていた。またアテネでも男子はパレストラ(体操練習所)で水泳を含む体育教科の訓練を受けた。ルネサンス期に入ると体育としてだけでなくレジャースポーツの一つとしてヨーロッパで盛んに楽しまれるようになった。ルネサンス期以後,各地に海水浴場,水泳学校,室内プールなどが設けられ,1774年には英国で水難救助を目的とする組織が結成された。1869年にロンドン水泳協会が生まれ,本格的な水泳競技が始められるようになった。この動きはヨーロッパ各国にひろまり,泳法も“より速く”泳ぐという方向に転換した。1873年にイギリス人トラジオンがはさみ足,ぬき手の泳法で好成績を上げ,1900年にはイギリス人フレデリック=キャビールが自ら考案したクロール泳法を使ってオリンピック大会に優勝した。オリンピック大会には第1回(1896)大会から採用されていたが,このときには種目制限がなく,第2回パリ大会(1900)で背泳が,第3回セントルイス大会(1904)で平泳ぎが特殊種目として採用された。また,1908年のロンドン大会のときに国際水泳連盟が誕生した。バタフライが正式に平泳ぎから分離されたのは1956年のメルボルン大会で,この以後,競泳競技はクロール,背泳,平泳ぎ,バタフライの4種目が行われるようになった。一方,飛び込み競技を考案し,さまざまな型をつくり出したのはドイツだとされている。しかし,のちにスウェーデンの器械体操選手が始めたスウェーディッシュタイプがヨーロッパで注目され,1890年にスウェーデンの選手を招いてイギリスでグレースフルダイビングコンテストが催され,これが飛び込み競技の始まりと考えられている。オリンピックでは,セントルイス大会で高飛び込み,ロンドン大会(1908)で飛び板飛び込みが採用された。日本における水泳の国際競技大会は,1898年(明治31)に日本泳法水府流太田派と横浜外人アマチュアクラブの対抗戦が横浜西波止場外人水泳場で行われたのが最初である。このときは,100ヤードと440ヤードで日本が勝利をおさめ,880ヤードでは外人が1位を占めた。オリンピック初参加は,1920年のアントワープ大会で,日本水泳連盟の前身である日本水上競技連盟が創設されたのは1924年のことである。また,飛び板飛び込みの競技は1922年(大正11),全国水上大会で初めて行われた。

【競技】競泳の種目は,自由形100m・200m・400m・800m・1,500m,平泳ぎ・バタフライ・背泳ぎはそれぞれ100m・200mが行われる。このほかに,200m・400mの個人メドレー,400m・800mのリレー,400mのメドレーリレーなどがある。ふつう50mプールで競技が行われ,スタート,ターン,ゴールにさまざまな規制があるが,要するに,決められた一定の距離を定められた泳法でどれだけ速く泳げるかを争うのである。一方,飛び込みでは,演技の正確さ・美しさが競われる。飛び込み技には,前飛び込み・後飛び込み・前逆飛び込み・後踏切前飛び込み・ひねり飛び込み・逆立飛び込みがある。飛び板飛び込みは水面からl mまたは3mの板から水に飛び込み,規定演技,選択演技の採点によって順位が決められる。高飛び込みは,水面から5mまたは10mの固定した台から飛躍し,やはり,規定の選択の種目によって競われる。