●信陵君 しんりょうくん
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?〜前244(安釐王33)中国,戦国時代魏の公子。名は無忌,安釐王の弟。斉は孟嘗君趙の平原君,楚の春申君とともに戦国の四公子と呼ばれ,「食客三千人」のパトロンとして知られている。信陵君は食客をブレーンとして養うほか各地に一種の情報網をもち,敵国の情勢を王以上に的確につかんでいた。前257年(安釐王20)に奏が趙の邯鄲を包囲したが,信陵君は姉が平原君に嫁したよしみにより援軍を率いて駆けつけ,囲みを解かせた。しかしその際に食客の機略によって魏の国軍を勝手に動かしたため,王にうとまれて,10年間趙に客居した。秦が魏を攻めると聞くや,5カ国の援兵を率いて帰国し,故国の急を救った。信陵君の名は天下に名高く,秦も容易に魏をうかがえなかったが,秦の工作によって兄王に疑われ,酒びたりの引退生活のうちに病死したと伝えられる。彼の死後,魏は連年秦の侵入を受け,ついに滅亡にいたった。漢の高祖は信陵君を慕うこと篤く,墓守を置いて盛んに祀ったという。