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●人力車 じんりきしゃ

アジア 日本 AD 

 明治時代に全盛をきわめた乗物で,腕章,力車ともいう。1870年(明治3),東京で和泉要助高山幸助鈴木徳次郎らが西洋馬車にヒントを得て考案,日本橋河畔の高札場の近くで官許を得て営業を開始したのに始まる。車体は座席・蹴込・梶棒・車・ほろからできており,車体全体は木製黒漆塗りであり,この車体をひく者を車夫といった。文明開化の流行児として,内外人にもてはやされ,駕籠を駆逐し,1873年(明治6)には,その数は3万4000輌に達した。1875年(明治8),秋葉大助によりさらに改良が加えられ,また手広く製造も行われて内外に普及していったが,馬車,鉄道の出現により,1900年(明治33)ごろを最盛期として衰え,また1923年(大正12)関東大震災をさかいに,電車,自動車にとって代わられていった。しかしその製品は,中国,インド,南アフリカ方面や,イギリス,フランスにも輸出され,“リキシャ”としてその名は,世界的に広まっていった。

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