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●人民戦線事件 じんみんせんせんじけん

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 日中戦争下の左翼弾圧事件で大量の検挙者を出した。1935年(昭和10年)ファシズムの世界的台頭の趨勢に対してコミンテルン第7回大会は,反ファシズム人民戦線の結成を世界に訴えた。これにこたえて,日本では鈴木茂三郎,加藤勘十らを中心として,1936年労農無産協議会(翌年日本無産党となる)を結成して反ファシズム運動を始めたが,日中戦争に突入した日本政府は,これを戦争遂行上障害であると弾圧を決定。1937年12月15日,日本無産党,日本労働組合全国評議会(全評)の関係者および加藤勘十,荒畑寒村ら400余名を検挙し,同月22日には,日本無産党,全評が解散させられた。さらに翌年2月1日には,東大教授大内兵衛,同助教授有沢広巳,法政大教授美濃部亮吉ら労農派教授グループを検挙した。前者を第1次人民戦線事件または12・15事件といい,後者を第2次人民戦線事件という。