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●人物学習 じんぶつがくしゅう

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 小・中学校および高等学校の歴史の授業で,積極的に歴史上の人物を取り上げて,人物と時代的背景とのかかわりについて考えさせる学習のこと。戦前の歴史教育は,天皇,忠臣,孝子中心の教訓的・伝記的な人物学習がその主流を占めたこともあって,戦後の教育では人物学習を忌避する風潮があった。戦後の国定教科書くにのあゆみ』においても,また,その後登場した社会科教育においても同じであった。日本の歴史学界では社会構成史研究が盛んで,歴史上の人物を取り上げることは学問研究ではないという傾向があった。1955年(昭和30)に遠山茂樹ほか『昭和史』(岩波新書)が刊行されたが,これが亀井勝一郎らの「人間不在の歴史」という批判を呼び,以後いわゆる「昭和史論争」が展開された。歴史上の人物の取扱いや人物学習の是非論がやかましく論じられているなかで,1958年度版の小学校学習指導要領(「社会科」第6学年)と中学校学習指導要領(「社会科」歴史的分野)は,歴史教育における人物学習の重要性を強調して,教育界でも大きな論争となった。ちなみに小学校学習指導要領では,〈歴史上の人物を取り上げて指導する必要があるが,……時代的背景から遊離した取扱いや人物中心の学習にはしりすぎないように留意すべきである〉(第6学年の「指導上の留意事項」)と示されている。中学校では,NHKラジオ学校放送番組『歴史にあらわれた人々』(1958・1959・1960)の登場や,信州社会科教育研究会による「小・中・高校を一貫する社会科教育のあり方−−歴史学習における人物の取り扱い−−」(1961・1962・1963,長坂端午監修,平田嘉三・信州社会科教育研究会『歴史学習における人物指導の実際』葵書房,参照)の研究を契機として,人物学習が積極的に導入された。ちなみに1970年版の中学校学習指導要領では,〈人物の指導については,郷土の人物を含めて2〜3の人物を重点的に取り上げ,適切な時間を設けて指導すること。その際,取り上げた人物のもっていた意図や願い,判断と行為および努力や苦心を,時代的背景のなかで理解させ,人物と時代的背景との関連を考えさせるようにすること。なお,史実と俗説との混同を避けるようにすること〉(歴史的分野の「内容の取り扱い」の(5)のほう)と示されている。また,文部省『中学校指導書社会編』(1970,大阪書籍)は,人物を取り上げる観点として次の3点を示して注目された。

 ○郷土や地域の発展に努め,地域社会の各分野で,その発展向上に尽くした人々

 ○政治,社会,経済の発展や外交の両で大きな役割を果たし,人類や国家・社会のために働いた人々

 ○思想,学問,宗教,芸術,科学などの文化の発展に尽くしたり,外来文化の摂取に努力した人々

 高等学校では,1978年度版の「日本史」および「世界史」の主題学習の主題の観点として示されている点が注目される。ちなみに「日本史」では,〈日本の文化の発展に尽くした主な人物とその役割を,時代的背景との関連において学習できるもの〉,「世界史」では,〈世界の歴史上の人物について,時代的背景や地域の特質との関連などにおいて学習できるもの〉と,主題選択の観点が示されている。さらに1977年度版の小学校学習指導要領は,第6学年の目標として〈国家・社会の発展に貢献した先人の業績や優れた文化遺産についての関心と理解を深め……〉を掲げ,第6学年における歴史上の人物・文化遺産を中心とする学習を推進した。

〔参考文献〕長坂端午監修,平田嘉三・信州社会科教育研究会『歴史学習における人物指導の実際』1965,葵書房

平田嘉三監修,大野慶一『社会科歴史の人物指導』1969,明治図書

平田嘉三・豊田武・尾鍋輝彦編『歴史教育学事典』1980,ぎょうせい