50音順    検 索

●新バビロニア王国 しんバビロニアおうこく

AD 

 前7世紀の後半,セム系のカルデア人がバビロニアに建設した王国(前626〜前539)。古バビロニア王国(バビロン第1王朝)と対比してこの名があり,カルデア王国とも呼ばれる。首都バビロンアッシリア帝国時代,バビロニアはアッシリアの支配下に置かれていたが,シリアの草原地帯から移住してきたカルデア人のナボポラッサル(在位前626〜前605)は,アッシリアエ王ッシュールバニパルの死後,アッシリア全土に反乱がおこったのを機にバビロンを占領,新バビロニア王国をおこし,イランのメディア王国と連合してアッシリアの首都ニネヴェを陥れ(前612),アッシリア帝国の旧領の大部分を手中に収めた。その子ネブカドネザル2世(在位前605〜前562)はさらに領土をひろげ,シリア,パレスチナをも勢力下に置き,前586年にはユダ王国を滅ぼし属州とし,住民をニップール付近に強制移住させた(バビロン捕囚)。首都バビロンも復興され,再び繁栄を取り戻し,かつてのハンムラビ王国時代の盛時を凌ぐほどになった。市神マルドゥクの神殿をはじめとする多くの神殿,聖塔,王宮,有名な“懸空庭園”など,19世紀末以来の大規模な発掘で,その全貌が明らかにされ,この都市の壮大な遺跡は,当時の繁栄の名残りをよくとどめている。王国はネブカドネザル2世の治世に最盛期を迎え,メディア,リュディア,エジプトと並んでオリエントの4王国分立時代を現出したが,ナボニドス王(在位前555〜前539)のとき,ペルシアのキュロス2世の攻撃を受け,バビロンを占領(前539)され滅亡した。