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●ジンナー

アジア パキスタン・イスラム共和国 AD1876 

 1876〜1948 パキスタンの「建国の父」で,「カーイデ=アーザム」(「偉大な指導者」)の称号で呼ばれている。イギリスから独立したときのパキスタン初代総督。カラチのイスラーム教ホジア派系商人の出身で,イギリスに留学して弁護士となった。イギリス流の民主主義・議会主義を学んで帰国し,国民会議派指導者ナオロジーの秘書となり,カルカッタ大会に参加して政治生活に入った。1912年,ムスリム連盟大会に参加し,1920年代を通じてムスリム連盟と国民会議派との協調に努力した。1930年代初め,インド政治を離れてロンドンに退いたが,1934年に帰国。1937年選挙以降,ムスリム連盟を再建強化し,国民会議派との対立を明確にした。1940年,ムスリム連盟のラホール大会では議長としてムスリムが分離した国家をもたなければならないという「パキスタン決議」を採択させた。以後ムスリムはインドで分離した国家をつくると主張して譲らず,パキスタン運動を指導。