●人頭税(琉球) じんとうぜい
アジア 日本 AD
世界各地で古くから行われた税制の一つで,均等頭割り方と年齢別課税方とがある。琉球国では,宮古,八重山,久米島(貢布のみ)地域において後者の課税方法がとられた。人頭税はそれ以前にもあったと考えられるが,1636年(崇徳元・寛永13)に人口調査が行われ,翌年から賦課されたことが明らかである。1659年(順治16・万治2)に定められた貢租額は,宮古3,881石余,八重山2,666石余とされる。賦課万法は,村々を上・中・下の3等級に分け,納税者を年齢によって上(21〜40歳)・中(41〜45歳)・下(46〜50歳)・下下(15〜20歳)の4等級に分け,これら両者の組み合わせで決めた。割当比率は,たとえば上村上男女が14,上村中男女が12といったもので,最下位の下村下々は4となった。両先島地域には,厳しい自然条件と苛酷な税制が生んだ哀話が数多く伝えられている。人頭税は廃藩置県後も続けられたが,廃止を求める運動が起こり,1903年(明治36)の「地租条例」公布によって廃止された。〔参考文献〕「一木書記官取調書」『沖縄県史第14巻』1894
島尻勝太郎「宮古農民の人頭税廃止運動」『近代沖縄の歴史と民衆』1970,至言社