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●新大陸農耕文化 しんたいりくのうこうぶんか

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 南北アメリカ大陸およびその周辺諸島において,ヨーロッパ人の侵入以前に,旧大陸とは別個に成立した農耕文化。南北アメリカ大陸において,若干の学者が疑問提出はしているが,旧大陸と別に,独自に農作物を栽培化し,家畜をつくり出したとされる。しかもこの農耕文化は,旧大陸で栽培化された植物類とよく似たイモ類中心の農耕文化とサバンナ起源の雑穀・豆類中心の農耕文化を含む。

 イモ類についてみると,ベネズエラ付近の熱帯サバンナで灌木性のキャッサバ(マニオク)が栽培化されており,ほかにタローイモの一種とヤムイモの一種も栽培化されている。また、ここではパイナツプル,モモヤシといった果実類も栽培化されており,それらの一部には種なしの品種も開発されている。この地域の根栽農耕文化は,焼畑に基礎を置くなど東南アジア起源のそれとよく似ていた。しかし,この文化の発展が熟す前に,トウモロコシ,マメ類がこの地域に導入されている。サツマイモは,メキシコ高原の暖温帯起源とされるが,ここでは他のイモ類の利用はみられない。ジャガイモはボリビア,ペルーの冷温帯の山岳地域で栽培化されたもので,ここではほかにオカ,アヌウ,ラカチャといった,他地域には伝播しなかったイモも栽培化された。

 種子により繁殖する農業として,中尾の述べた旧大陸サバンナ農耕文化に対応するトウモロコシ,マメ類,カボチャを代表とする穀類,マメ類,果菜類の夏作物の栽培化が行われていた。穀類の代表であるトウモロコシは最初ボリビアの低地で栽培化され,その後メキシコ,グアテマラ地域で品種改良されたとされる。これ以外の穀物として,チリでドクムギの一種が栽培化されたが不完全であり,たとえばアメリカのワイルド=ライスと呼ばれるマコモの一種は,ヨーロッパ人の侵入時に,ダコタ=インディアンらがまさに栽培化直前の状況にあった。

 マメ類では,インゲンマメがメキシコ東部あたりで,リママメはメキシコかペルーで,ベニバナインゲンもメキシコで,ラッカセイはボリビア高原で栽培化されたとされる。タンパク源として重要なマメ類は,東アジアにおける米と大豆の関係同様,新大陸ではトウモロコシ−インゲンマメという関係を生み,新大陸食生活の中心的位置を占めた。

 果菜類については,ナス料のトウガラシがメキシコで,トマトがペルーで,ウリ科のカボチャはペルーとメキシコで栽培化された。

 これ以外に忘れてならない作物として,タバコがペルー,ボリビアで栽培化されたらしく,現在世界で広く栽培されているワタは,旧大陸起源のワタと新大陸起源のそれと雑種の4種類であるとされる。このワタは新大陸に起源するとされるが,その交雑の発生,時期については不明瞭であり,新大陸の農耕文化の独自の発生に疑問を呼んでいる。なお,新大陸で栽培化された農作物の一部は,コロンブス以前にアジア,太平洋地域へと伝播したと考えざるをえない。

 新大陸で栽培化された作物群は,旧大陸のそれと比べ油料作物を欠く以外,みなすぐれており,ヨーロッパ人の侵入後急速に旧大陸各地へ伝播し,広範囲で農業の中心を占める重要な作物となっていった。

 この新大陸には,旧大陸における近東起源の農耕文化(地中海農耕文化)のような家畜飼養と密接に結びついた農耕文化も,遊牧も成立しなかったことは注目される。新大陸の家畜としてのペルーのリャマとアルパカは,これらの飼養地域は,その野性種の分布地域以上にはひろがらず,耕種農業との密接な結びつきも十分ではなかった。これ以外の家畜には,ギニアピッグと七面鳥ぐらいしかみあたらない。

〔参考文献〕田中正式『栽培植物の起源』1975,日本放送出版協会

中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』1966,岩波書店

Isaac,E.『GeoGraphY of Domestication』1970,Drentice Hall