50音順    検 索

●親族名称 しんぞくめいしょう

AD 

 親族名称とは広義には親族関係をさす用語であるが,これは狭義の“親族名称”と“親族呼称”に分けられる。狭義の親族名称とは,ある2者の親族関係を表わす用語であり,現代日本語ならばチチ・ハハ・ソフ・イトコなどである。また親族呼称とは,ある親族関係者に呼びかけるときに用いることばであり,オトウサン・カアチャン・オジイサンなどである。名称と呼称とを明確に区別することが困難な場合も多い。親族名称体系は各民族によって異なり,これを検討することによって,その民族の親族体系を,またカテゴリー的思考などを分析しようとする研究が続けられている。

【類型論】親族名称体系について,最初に科学的研究を行ったのはモーガンである。彼は1871年,『人類の血縁と姻戚の諸体系』を著わし,世界の諸民族の親族名称体系を“記述的体系”と“類別的体系”に大別した。“記述的”とは直系と傍系が区別されるアリアン・セム・ウラル体系である。“類別的”では,直系と傍系を区別することがなく,この体系はさらにマライ体系トゥラン・ガノワノ体系の2亜体系にわけられる。マライ体系は世代のみをその名称の基準とし,チチとオヂが区別されない。トゥラン・ガノワノ体系は父方と母方を区別し,チチとチチの兄弟は同一用語であるが,ハハの兄弟とチチは異なるのである。モルガンは社会進化論の立場にたち,親族名称体系と婚姻・社会制度を関連させて進化図式を構成した。人類は第一段階として原始乱婚制によってマライ体系をもち,次にある兄弟たちとある姉妹たちが集団婚を行う“プナルア結合”と外婚的氏族組織によって出現したトゥラン・ガノワノ体系を経験し,一夫一婦婚家族と私有財産制によってアリアン・セム・ウラル体系にいたったとモルガンは主張した。その後彼の進化理論は,その実証性の欠如において批判・否定をうけたが,その類型論的考察さらには名称カテゴリーへの追求は,偉大な先駆的業績であり,以後の研究はモルガンの批判と検討の上になりたつといって過言ではない。その後,ローウィによるオジ・オバ名称の類型論,さらにマードックによるイトコ名称の類型論が提起された。しかし,こうした類型論は,名称体系の一部であるオジ・オバ名称,イトコ名称のみを取りあげて分析したものであり,それは体系的な親族名称の把握,類別を不可能なものとしていた。

【研究の展開】1956年,グッドイナフとランズベリーが言語学的理解より,親族名称の成分分析を行った。この分析方法は,用語の含蓄する意味の分析には有効であるが,その場合成分をいかに決定するか,その社会でどの成分が重視されるかという疑問が残り,さらにこうした成分で構成された成分の集合体としての用語に付加される意味を考察することが困難である。またニーダムは規定的交又イトコ婚の研究より,これまで親族名称を系譜関係のみから分析していた点を批判し,親族名称が親族関係と婚姻関係のカテゴリーの表現でもあり得ることを述べた。これは換言すれば親族名称とは,婚姻すべき者とすべからざる者との区別を表すといえよう。しかし,ニーダムのこの主張は規定婚が行われる体系においてのみ有効な視点であり,普遍的な分析となり得なかった。

 現在,親族名称の研究は新たな局面のなかにいる。親族名称体系の研究は,その体系を全体的にとらえ,その体系を構成している法則を描出せねばならない。このため,複雑な親族名称を単純な符号によって表すロムニーとダンドレードの表示法が提出され,ランズベリーによって始められた“同等規則分析”による全体的体系のなかにある法則の分析が進められている。今後,こうした方向をさらに発展させていくなら,親族関係の表示の代数学的・幾可学的処理や集合の概念を用いた数学的考察が,親族名称体系の分析に重要な位置を占めることとなろう。また親族名称体系を社会制度と関連のあるものとみる社会学的解釈と,これに対する言語学的・心理学的原理による解釈とが研究史上存在してきた。現在は,親族名称体系を認識体系,カテゴリー体系のなかでとらえようとする研究が注目を集めているが,社会体系との関連が否定されたわけではない。

〔参考文献〕グッドイナフ,寺岡襄・古橋政次訳『文化人類学の記述と比較』・人類学ゼミナール5,1977,弘文堂

吉岡政徳「親族と関係名称」現代のエスプリ別冊・現代の文化人類学[3]親族の社会人類学,1982