●神葬祭 しんそうさい
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神道の形式をかりて葬式を行うこと。幕末に神道宗門運動にもかかわらず,宗門人別帳が廃止されるまでは,仏教徒から神道宗門に入ることは認めていない。しかし実際には少しは存在している。浜松藩や吉田藩領では安政以降の運動が神葬祭の原型をつくった。1871年(明治4)以降になって盛んになったのは神道国教政策の結果である。神道葬祭の略。神道による葬儀。仏教伝来以来,仏教葬儀が一般化し,とくに江戸時代のキリスト教の禁圧による寺請制度の下では,仏式の葬儀のほか許可されていなかったが,例外として神官には神葬を許可されている。幕末維新期の復古神道ブームの動きのなかで排仏運動の実践のなかから神葬を復活させる動きを伴っている。1871年,朝廷は勅願法会を廃し,陵墓も仏教と絶縁した。それもあって廃仏毀釈運動が各地ですさまじく展開され,神道国教化に応じて神葬祭運動や自葬奨励につとめている。もとはといえば,仏教の檀家からの離檀運動と宗門人別よりの自立にあった。