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●真珠湾攻撃 しんじゅわんこうげき

アジア 日本 AD1941 昭和

 1941年(昭和16)12月8日(現地日付12月7日),太平洋戦争の劈頭,空母6隻から成る日本機動部隊が,真珠湾在泊のアメリカ太平洋艦隊に対して行った奇襲攻撃で,指揮官は第1航空艦隊司令長官南雲忠一中将である。この日早朝,ハワイ諸島の北方約230浬に達した機動部隊から発進した計350機の空襲部隊は,敵戦艦8隻中4隻を撃沈,4隻を大中破その他全艦隊に壊滅的打撃を与えた。またこれに策応して,特殊潜航艇(二人乗り)5隻が同湾に突入した。この作戦では,対米最後通告が空襲のあとになるという外交上のいき違いや,第2撃を加えなかったという作戦上の失敗をおかしたものの,大戦果を挙げて太平洋戦争のわが緒戦を飾ったことの意義は大きく,また空前の大奇襲作戦として海戦史上に輝いている。なおこの作戦は,連合艦隊司令長官山本五十六大将が,日露戦争の劈頭,日本連合艦隊が行った旅順奇襲の戦史に学んで発想し,かつ実施に移したものである。

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