●沈周 しんしゅう
アジア 中華人民共和国 AD1427 明
1427〜1509(宣徳2〜正徳4)明中期の文人画家。江蘇蘇州長洲県の人。字は啓南、石田は号、白石翁とも称した。祖父澄・父恒はともに書画に巧みであり学問の家として知られていた。早くから父恒や同郷の劉カク※注1※・杜瓊(けい)に画を学び彼らを通して元末四大家を宗とし、さらに北宋の董源・巨然の画風を学んだ。若いあいだは主として王蒙・黄公望の画風を追い、小品を主としていたが、40歳を過ぎてからは大幅もつくった。水墨山水を得意とし元末四大家の呉鎮の影響を受け明確な墨調と強い筆勢を特徴とする。また文人の墨戯としての花卉雑画もよく描いた。沈周は画家の制作方法を創作から習倣へときりかえ、元末四大家を典型として自己の基盤に置いた。これにより元末の文人画が復興され、呉派の文人画が方向づけられ、のちの正総派へと受け継がれ、明清時代を貫く文人画の系譜が成立することとなった。弟子の文徴明とともに呉派の領袖とされる。自らもついに官途につかず“文人”という概念を体現した生涯を過ごした。詩人としても有名で著書に『石田先生集』などがある。
