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●ジョン=ウェスレー

ヨーロッパ 英国 AD1703 後期スチュアート朝

 1703〜91 18世紀英国における信仰覚醒星運動の指導者,メソディスト教会の創始者。父サムエル・母スザンナの第15子として,エプワースの司祭館に生まれる。弟(第18子)チャールズは賛美歌作者として活躍。ジョンは,パブリック=スクールの名門チャーター=ハウス校をへて,オックスフォード大学のクライスト=チャーチ学寮に学び,のち,リンカーン=カレッジのフェローに選ばれる。1728年,司祭の按手礼を受け,大学でギリシア語を講じるととともに,弟チャールズが始めていた神聖クラブの指導にあたる。勤勉に聖書研究に打ち込み,社会奉仕に挺身した会員に“メソディスト”というあだがつけられたのはこのころ。1735年,ウェスレーはアメリカへジョージア伝道に出かけるが失敗,信仰的にも挫折。帰国後,1738年5月24日,ロンドン,アルダスケート街のモラヴィア兄弟団の集会において,回心を体験する。〈不思議に心が燃え〉人間の努力によってではなく,キリストによって救われ,聖潔もまた神の賜物であることの確証を得た。ウェスレーはオックスフォード時代,神秘思想の影響を受けたが,ジョージア伝道以後,敬虔主義の流れをくむモラヴィア派を通してルター(宗教改革)の立場に回帰したといえる。1739年,ブリストルで野外説教を始め,88歳で死にいたるまで全生涯を伝道に賭けた。メソディスト運動が英国国教会から分離し,教派として独立するのはウェスレーの死後であった。現在『ウェスレー著作集』の全面的校訂改版(全34巻,Oxford Univ. Press)が刊行されつつあるが,その内容は聖書註解・神学論文・説教・メソジスト協会史・賛美歌・祈祷集・牧会・倫理・自然哲学・日記・日誌・書簡など,実に多方面にわたり,ウェスレーが,キリスト教とは何かという問に対して複合的な答えを与えたスケールの大きい神学者・説教者であったことを示している。