●徐世昌 じょせいしょう
アジア 中華人民共和国 AD1855 清
1855/58〜1939(咸豊5/8〜民国28)清末民国の政治家。北洋軍閥の政客。河北省天津県の人。字は菊人,号は東海。1886年(光緒12)進士となり清朝の官僚としてキャリアを積むが,早くから袁世凱と交友があり,袁の政治集団の重要な文官メンバーとして活躍する。1907年(光緒33)東三省総督,1909年(宣統1)郵伝部尚書,1910年(宣統2)軍機大臣,1911年(宣統3)には慶親王内閣の副総理大臣を勤めた。辛亥革命のときは袁世凱の起用に力を尽し,清帝の退位を画策。1914年(民国3)袁が政務の総攬をねらい国務院制を廃止,総統府に政事堂を置くや,徐は国務卿に任命された。 1918年(民国7)安徽派軍閥・奉天派軍閥の支持を得て大総統に就任。南北統一を提唱し,翌年上海で南北和平会議を開催するが成功しなかった。大総統在任中外交問題の失策から五四運動をひきおこす。1922年(民国11)奉天派が直隷派軍閥に敗れたため,徐は大総統を辞任した。天津の租界に閑居し,1939年(民国28)病死した。編著に『清儒学案』などがある。