●女性 じょせい
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今世紀の,とくにこの30年間における文化の著しい発展と科学の進歩によって,ホモ=サピエンスの男性に対し,“女性とは何か”という問題が生物学・医学・心理学・文化人類学・文学などからアプローチされ,従来の“女の条件”を大きく変え,将来もさらに変えそうである。男性と女性について,優れた考察と識見をもつアメリカの人類学者ミード女史は,根本的に女性と男性を区別する基本的差異とは第一次性徴と生殖の役割であるとし,そして,男性の性的行為は直接的・自己解決的・満足的であるが,女性のそれは,単なる交接の経験だけで終わらず,妊娠・出産・哺乳までを含む行為である,としている。この妊娠・出産・哺乳の特権をもつ女性は,未開社会では男性よりも優位にたつことができた。〈元始,女性は実に太陽であった。真正の人であった〉と,すでに1911年(明治44),わが国最初の女性解放誌「青踏」発刊に際して謳いあげた平塚らいてうは,余りにも有名である。この女性のみ可能な生来的特権に対抗すべく,男性は特権を人為的に創り上げた。まず,女性の仕事と自分たちのそれとを区別し,自分たちの仕事には女性を関与させないこととした。たとえば,原始時代の狩猟は男性の仕事である。出産・育児のために定着せざるをえない女性が,家の周りで食糧の採集や,家事労働に忙殺されれば,遠くまで獲物を狩猟に出かける仕事は男性の特権となる。狩猟には,動物の足跡をみきわめる知識や,射とめる手腕が必然となり,男性はそれらを習熟せざるをえない状態に追いこまれる。さらに女性より筋力の強い男性は,戦闘・建設・船仕事などもその特権のなかに組み入れた。そして集団行動にも文化的に練達した男性は,やがて政治・宗教・学問なども,その特権分野としてしまうのである。しかしこれらの分野は,女性でもできないことはない。そこで女性を参加させないために,女性忌避・女性危険視思想を伴う領域を設定した。女性が汚れたもの,危険なものとして,女人禁制としたところが多いことも,それを物語っている。また,“男らしさ”“女らしさ”というイメージをつくり,子どもを育てた。生まれたままの人間には,性格的には男女それぞれ分かちがたい渾然としたものを備えているのであるが,後天的に幼少時から,男なら“男らしさ”を,女なら“女らしさ”を習得させて男性・女性をつくり上げた。こうして,男性が生業を受けもち,家族を養う責任をもち,一方,女性の役割は家事・育児専門となった。男性が家族を養うという文化(生活様式)は男性優位をもたらし,養われる女性は,その役割をあまり評価されず,男性中心の文化が発達してきた。フランスの女流作家のボーヴォアールの〈女性は,女に生まれるのではない。女になるのだ〉とは,まさに名言である。要するに,文化的要素によって決められた性別の分割を,生物学的要素による分割のようにみせかけて,文化の発展が行われてきたのである。いうまでもなく,今日までの歴史のなかで女性文化は皆無であったわけではない。サッフォー,中世騎士道にみる女人崇拝,清少納言・紫式部など,女性たちの活躍や文化的貢献は評価されねばならないが,女性が男性を凌いでいろいろな分野でその主流になったということではない。彼女たちの活躍の背景には,男性の力の存在があった。これら女性の力の及んだ範囲は,王宮・城・貴族階級の邸宅内部であり,活動の範囲も芸術・文学・教養の域内のことである。そして一般的には,中国の儒教の“三従”的傾向,インドにおける未亡人の焚(ふん)死の強制,日本の“子なきは去る”の風習など,女性の地位は,男性主軸路線の文化のなかで抑圧されていた。今後,女性について考えるとき“女性の役割”があらゆる視点から再検討されねばならない。文化的には,これまでの男女による役割と仕事の分割の再検討と,これまでの男性文化から男性本位的性格を取り除くことが肝要であろう。
〔参考文献〕ポール・トウルニエ,山口実訳『女性であること』ヨルダン社
E.シュルロ・O.チボー編,西川裕子・天羽すぎ子訳『女性とは何か上,下』人文書院
冨士谷あつ子編『女性学入門−女性研究の新しい夜明け−』サイマル出版会
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