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●諸国風俗問状答 しょこくふうぞくといじょうとう

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 江戸時代の幕府の右筆で国学者であった屋代弘賢(やしろひろかた,1758〜1841)が全国の藩儒や知人あてに送った「風俗問状」に対する答書。中山太郎はこれらの答書を集めて解題と校註を付し,1942牛(昭和17)に『校註 諸国風俗問状答』(東洋堂)を公刊した。現在まで,20編の答書が写本で伝わっている。「風俗問状」は木版の小冊子で,年中行事および冠婚葬祭に関する131の質問項目が〈……候哉〉という形で記されており,1813年(文化10)前後から逐次各藩に送られたらしい。この屋代の事業は,同一項目によって全国同時に行う形の民俗調査の先駆として民俗学史に残るものであるが,アンケート方式による調査であるためにその内容は精粗さまざまであり,また実際回答数も少なかったらしく成功したとはいえない。しかし,なかには道祖神信仰の実態が各地から具体的に報告されたりして,資料的価値が高く比較研究に役立つものもみられる。