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●食糧問題 しょくりょうもんだい

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【食糧生産】[1]生態系 食糧生産は生物学的システムを仮定しているが,生物学的システムの範囲は広く,食糧生産が直接対象としているのは,そのなかの生態系である。生態系は“太陽エネルギー”を一方的に流すことによって,生物と環境とのあいだに化学元素を往復させる地化学的循環を展開している。この過程で,生物は光合成によって無機物から栄養物をつくる生産者,つまり緑色植物のような独立栄養構成要素と,それを利用し,再構成し,分解する従属栄養構成要素とから成り立っている。後者は他の生物を食べる動物のような大型消費者と,死物を分解するバクテリアや菌類のような微小消費者とに分けられる。生物の諸群落は環境と接触するとともに,相互交渉を行っているが,この関係は全体として一つのまとまりをもっており,平衡保持力が働いて,事象の変化を緩和する傾向がある。これをホメオスタシスの機構というが,この均衡はダイナミックなものであり,その安定性を維持する要因が一つでも過大になるか過小になれば,それは崩壊する。[2]農法 これらの諸要因のもつ作用は他生態的等価要因の移植によって代償されるものであり,人類は大型消費者のなかの植食動物と肉食動物とを兼ねる雑食動物として,この代償作用を利用し,自己に有利な生物を移植することによって,生態系本来の食物連鎖を人類中心の構造へ組み換えてきた。これは二つの側面をもっており,人類がホメオスタシスの機構を尊重する限りにおいて,農業は人類の自然順応的対応といえるが,生態系の流れにさからって人類中心の食物連鎖をつくりあげてきた限りでは,農業はきわめて反自然的な,人為的対応である。

 移植には移植の場と移植される植物とが必要であるが,前者は農地であり,後者は作物である。農地は森林の伐採から砂漠の緑化にいたるまで,面積の拡大努力がつづけられるとともに,耕作方法や肥培管理にみるような農地の利用法が工夫されてきた。他方,作物は品種の選別と改良とが進められ,多様化するとともに,単位面積当たり収量の高い品種が,農業インプットの増加と関連しながら開発され,今や,“緑の革命”の原動力となっている。さらに,農地と作物とを結びつけるのは人間労働であるが,その農法の全分野を通して機械による省力化が進展してきているのである。ところで,農法の進歩はいろいろの困難を伴うものであるが,なかでも品種改良には長い時間がかかり,早くても開発に10年,普及に10年かかるといわれている。この時間の壁を破り,飛躍的な品種を創造する技術としてバイオテクノロジーが脚光を浴びてきた。遺伝子組み換え・細胞融合・組織培養・受精卵移植の各技術がそれで,これらは農業生産だけの技術ではないが,他の先端技術と並んで,将来は農法にも重大な影響を及ぼすものと考えられる。[3]文明 農業の発見,とくに,米・麦・トウモロコシなどの禾本科植物の栽培によって,毎年の収穫が安定し,貯蔵も可能になったので,人類はもはや食物を求めて山野を跋渉する必要もなくなったし,また栄養が改善されたので,若死が少なくなった。その結果,人類は物事を考えたり,食糧生産以外の分野へ活動を拡張する余裕ができてきた。こうして,技術を開発し都市を築き,文明を開花させることに成功したわけだから,農業の発明は人類にとって火の使用にも等しい重大な出来事であったということができる。その反面,人類は食糧生産の地位を低下させ,その成立原理を忘れ,あるいは他の分野の活動原理に支配され,しばしば生態系の均衡を乱す結果におちいった。農地を拡大するため森林を乱伐すると,単にその地域の生態系が乱れるばかりでなく,農業生産に欠かせない表土が流亡して,農業生産そのものができなくなる。アメリカ=インディアンのつくったマヤ文明はこうして亡びたといわれている。また,その土砂の流出が河川に流れ込み,河床が高くなると,それがもとで洪水が発生する。中国4,000年の歴史で〈水を治めるものは,天下を治める〉といわれた背景には,森林の乱伐によって洪水が瀕発したという事実があったといわれる。さらに,乾燥地帯で灌漑農業を行うと“塩害”が発生するといわれている。つまり,水には少量の塩分が含まれているから,灌漑水が蒸発すると,あとには塩分が残る。これが長期間土中に堆積すると,作物に害を与える。灌漑農業を基盤にして栄えたメソポタミア文明は,この塩害と排水を怠ったための湛水とによって,食糧を減産させ,滅亡の原因をつくったと推定されている。〈文明は荒野を残す〉としばしばいわれているが,その理由は以上のようなところにある。しかし,このような現象は20世紀になってもなくならない。1934〜36年にアメリカは大旱ばつに見舞われ,砂嵐に襲われたが,その人間側の原因としては機械の乱用があげられる。当時利用されはじめたばかりの農業機械は農業不適地までを耕地に変え,土壌を深耕して土中の水分を蒸散させ,農地の砂漠化を促進させたと考えられている。同じくアフリカの砂漠化の進行も異常気象によるものと思われるが,いま一つ人間および家畜の増加が原因といわれている。とくに,家畜の追放牧は草木を枯らし,その地域の植生を破壊してしまうのである。

 他方,日本のように農地の狭いところでは,単位面積当たり収量を上げるために化学肥料や農薬を多投するが,これが農産物に混入して,しばしば“薬品公害”の原因となることがある。また,これが地下水・河川・海へ流れ込むと“水質汚染”や“海洋汚染”の原因になる。さらに食品工業や一般の工業も似たような影響を食糧生産に与えるが,工業による大気汚染もまた太陽エネルギーの入射量を減らし,“酸性雨”をもたらして,食糧生産の障害になるという研究も発表されている。[4]水産業 農業と並んで食糧生産にとって重要な分野は水産業である。しかし,この分野は今のところ技術的に農業ほどの進歩をとげていない。確かに大型船の利用や機械化によって漁獲技術は飛躍的に進歩したのであるが,漁獲の対象である魚類そのものの管理技術がまだ完成していないのである。農業は作物から種子をとり,家畜に子供を生ませることによって,動植物のライフ=サイクルを人間が掌握しているが,水産業の場合は魚類の再生産を自然の循環に委ねている。“養殖”はある程度,魚類のライフ=サイクルを把握しているが,それでも稚魚の生産まで人工的に行える場合は少ない。また,サケは“種苗の孵化・放流”に成功しているが,サケの餌までは管理していない。また,養殖で給餌を行っている場合も,畜産と違って,餌の生産まで人間が管理することは少ない。そこで水産業を技術的に畜産のレベルまで向上させることが意図され,“栽培漁業”が提唱されている。これは種苗の孵化・放流,漁礁の造成,給餌をすべて人間が管理しようとするものである。しかし,このような技術開発は簡単にできるものではないから,現状のまま推移すれば,乱獲の結果,魚資源が絶滅してしまうおそれがある。自然はつねに再生産水準以上に生産するから,その過剰部分を人間がとっても,魚資源が絶滅する心配はない。この過剰部分の最大量を最大維持生産量といい,この水準以上の漁獲は当分禁止することが望ましい。ただ,問題はMSYの計算がそれほど簡単でないということである。国連の食糧農業機関(FAO)では世界全体のMSYを一応,約1億tとしている。現在,世界の漁獲量は7,000万tであるから,そろそろ漁獲を規制する必要が出てきている。第3次世界海洋法会議でこれが問題となり,沿岸国が沿岸から200海里の海を専管水域とするという,いわゆる“200海里問題”が浮上してきた。これは,魚類以外の,資源問題,政治問題も絡んでいたため,国際的承認を得ぬまま,各国が一方的に200域海里専管水準を設定し,宣言する,という形をとって現在にいたっている。[5]食糧危機論 人類が生態系を自己中心的な食物連鎖へ組み換えてゆく過程で,生態系の維持に失敗すると,文明を破壊するが,これに成功すると,文明は繁栄する。その結果,人口が増加して,ここにまた大きな問題を発生させる。18世紀の末,ヨーロッパは人口が増加していたが,それをまかなうだけの食糧があるかどうかわからないということを心配したのが,ロバート=マルサスである。彼は有名な『人口の原理(Principles of Population)』(1798)を著した。〈人口は,制限せられなければ,幾何級数的に増加する。生活資料は算術級数的にしか増加しない〉。そこから生ずる食糧危機的構造が,人類の窮乏と悪徳の原因であるという。しかし,その後のヨーロッパは,新大陸への植民によって,人口増加が抑制されるとともに,新大陸から安い食糧が輸入されることによって,食糧不足は緩和された。さらに,ヨーロッパ内部においても“三圃制”から“四圃制”へという農法の進歩がみられた。しかし,19世紀末にアメリカの開拓が西海岸に達し,世界にもはやフロンティアは残されていないという認識が明白になるにつれて,人口と食糧の問題は再び危機感を呼びさますことになった。具体的には19世紀末に異常気象による不作がつづき,小麦消費の80%を輸入していたイギリスでは,クルックス卿が『世界の小麦問題』(1899)を著して,この点を指摘した。当時,まだ実験室のものであった空中窒素の固定技術を使って化学肥料をつくり,それによって単位面積当たり収量を増加させることを提言した。これは20世紀に入って過剰生産におちいるほどの成功をおさめた。危機論はこのように早めに警告を発し,その解決を促進する役割がある。

【世界の食糧】[1]ローマ=クラブ 栄養が改善され,公衆衛生が普及し,医学・薬学が進歩してくると,人類の死亡率が低下してくるから,出生率をこれに合わせて抑制しない限り,自然増加によって“人口爆発”が生ずる。先進国は人口増加の抑制に成功したものの,第二次世界大戦後の開発途上国は人口爆発によって食糧危機を一段と深刻なものにしている。肉体労働が生産の中心をなしているところでは,子供は働き手であるし,貧しい社会では国の社会保障計画は充実していないから,親の老後の面倒をみるのは子供である。したがって,貧困は,必然的に多産を促進しているのである。しかし,多産の結果,人口が増加すると貧困はさらに深刻になる。貧困と多産の悪循環を容易に断ち切れないところに現在の開発上塗国の悩みがある。世界の人口の70%を占めるといわれる開発途上国の人口増加は,その抑制努力にもかかわらず,なおつづくとみられているだけに,世界の食糧需給の逼迫は長期構造的なものと考えられる。他方,第二次世界大戦後の世界は,先進国が生活水準の向上をめざして,経済を成長させ,開発途上国はこれにならって経済開発を進め,このために,資源やエネルギーの消費が幾何級数的に増加する傾向を示した。このまま消費が増加してゆくと,比較的近い将来,供給は限界にぶつかってしまうかもしれない。その上,現代の工業技術は環境を汚染する性格をもち,これが食糧を媒介にして間接的にあるいは空気や水を通して直接的に人間の生活をおびやかすことになるかもしれない。食生活をとってみても,この向上は単に一人当たり消費量を増加させるばかりでなく,その内容構成を,とくに動物性食糧の消費増加へ向けて,変えてゆく。この結果,動物性食糧の生産のため膨大な飼料需要を発生させることになる。通常,1キロカロリーの畜産物を生産するのに,7キロカロリーの飼料が必要であるといわれるし,ウナギやハマチの養殖では,1kGの生産に飼料として8kGのイワシが与えられねばならないという。以上のような世界の情況をシステム=ダイナミックスの手法で描いてみせて,人類に警告を与えたのが,ローマ=クラブ「人類の危機」レポート『成長の限界』(1972)であった。その後,このレポートはいろいろの角度から批判されているが,20世紀後半の人類に地球レベルの問題提起を行ったことは評価されてよいことである。[2]潜在生産力 人口増加や生活水準の向上によって増加傾向をたどる食糧消費に対して,これをまかなうだけの食糧生産は可能であろうか。リンネマン他『21世紀への世界食糧計画』(1979)は世界を22の土壌地域に区分して,そのおのおのの調査検討から,食糧に関する地球の潜在生産力の推定を行っている。世界の耕地は現在約14億ヘクタール強あるが,潜在可耕地は約37億ヘクタールあると考えられる。しかし,食糧生産に関する土地条件で修正すると,約19億ヘクタールが使用可能であるといわれる。ここに米麦のような標準作物を植えたとして,その光合成能力と気象条件とから炭水化物の生産量が算定できるわけだが,これを乾物重量で表し,さらに,穀物重量に換算する。現在,世界の穀物は全耕地面積の65%に作付けされているから,この作付率を一定とすれば,地球の潜在生産力は現在水準の約20倍であると推定される。現在,すべての種類の穀物の生産量が世界全体で約16億tあるから,その20倍といえば,320億tの生産が可能であるということになる。このように,地球の潜在生産力は膨大なものと考えられているが,この潜在性を現実の食糧として顕在化するためには,多くの人間の努力が必要である。まず,技術開発が必要であるが,すでに述べたように,食糧生産の技術開発・普及には長い時間と大きな資本がかかるから,簡単には食糧増産はできない。バイオテクノロジーはその点で有効であろうが,実用化までにかなりの研究が必要である。次に,食糧生産に際して,生態系のバランスを維持する必要についても,すでに指摘したが,このためにも長い時間と大きな資本が必要である。その上,技術が開発・普及され,生態系の維持がはかられたとしても,食糧生産そのもののなかで,かなりの資源・エネルギーが消費されるという問題がある。人類の食糧増産にとって都合のよい動植物の品種というものは,今日ではほとんど自然のままのものは少なく,それだけに人間がその生長を援助してやらねば,自立できないものが多い。生産性は高いが,その分だけ,化学肥料や農薬,また配合飼料を与えなくては生きてゆけない品種である。したがって,食糧増産は農業や漁業のインプットを増加させ,資源・エネルギー問題に連なる性格をもっているのである。[3]食糧貿易 人口増加と生活水準の向上とは,容易に抑制できるものではないし,他方,食糧に関する地球の潜在生産力は大きいにしても,その顕在化には時間と資本が必要であるということになれば,消費が生産を上回り,食糧需給が逼迫する可能性がある。これが,世界の食糧危機といわれている問題であるが,これは必ずしも世界の破滅を意味しているのではなく,危険の可能性を指摘することによって,その克服を人類に呼びかけているのである。こうした危険性は将来の問題であると同時に,国によっては現在すでに顕在化しているところもある。しかし,需給が逼迫しても,不足分が輸入によってまかなわれれば,これは決して危機とはいわない。ただ,問題は食糧を輸入する国が増加しているのに対して,それを輸出する国が増加しないことで,そこにある不安定要因が存在することは確かである。つまり,特定輸出国の貿易における独占ないし寡占状態が形成されるからである。問題を穀物に限定してみても,世界の貿易量は1980年で約2億2,000万tであるが,輸出はアメリカが約51%,カナダ・オーストラリア・フランスが合わせて27%で,これら4カ国で80%近いシェアをもっており,アルゼンチン・南アフリカ・タイの合計9%を加えると,90%近くを7カ国で占めてしまう。このなかにあって,過半を輸出するアメリカの独占的地位はとくに注目を引くところである。これに対して,輸入国は年々増加の様相を示してきた。1971年までは食糧の大量輸入国といえば,イギリス・西ドイツ・イタリア・日本などの西側先進国に限られていた。これらの国は国内の工業化の進展と生活水準の向上のために,国内の農業だけでは食糧供給がまかないきれなくなったため,輸入が増大したのである。1972年の世界的異常気象による減産をきっかけに,ソヴィエト・東欧が,1975年には中国が穀物の大量輸入に踏み切ったが,その後,年々の変動はあるにしろ,社会主義諸国の大口輸入国としての地位は不動になってしまった。また,1973年の第1次オイル=ショックで多額の外貨を握ったOPEC諸国もその後,食糧の大量輸入をつづけている。これらはいずれも工業化と生活水準の向上とに由来するものと思われるが,中国はむしろ人口圧力の結果と考えられる。他の開発途上国も人口圧力のため,食糧援助を受け,結果として非商業的輸入を行っている。[4]分配問題 世界の穀物生産量は合計で約16億t,1980年の世界の人口は約45億人であるから,一人当たり平均生産量は約356kGである。日本の1年間の一人当たり穀物消費量は315kGで,しかも日本人の栄養状態は平均的にはかなり良好であると考えられているから,これを少し上回る世界の人口一人当たり穀物生産量は,栄養的にはけっして悪い状態ではない。問題は,むしろ現実の世界では,このように完全に平等な食糧の分配が行われていないというところにある。南アジアからアフリカにかけて4億人から6億人の飢餓人口がいるといわれているが,これは南北問題の一形態であり,開発途上国の経済開発が十分でないから,食糧輸入が行えず,また,国内の所得格差が大きいために,一国のなかで食糧が偏在している。先進国からの“食糧援助”はこの状態に対する応急措置ではあるが,社会構造の歪みのために,援助された食糧が本当に必要な人々の手に渡らない場合があり,まだ援助された食糧がその国の農産物価格を下げ,その国の農業振興を妨げる可能性もある。南北問題の解決には長期的経済開発と連繋した食糧援助が必要である。いま一つの分配問題は東西問題である。社会主義諸国は政治的に西側先進国と対立し,その意味で軍事支出を増大させ,工業化を推進しているが,そのこと自体が国内の農業生産を低迷させ,食生活の近代化からくる国内の消費増加をまかないきれなくなっていると思われる。これが社会主義諸国をして,政治的に対立する西側先進国から,食糧を輸入させる理由であろうと考えられる。それだけに,穀物輸出において圧倒的優位を保つアメリカは,ややもすると食糧を国際政治の武器として乱用しようとする,いわゆる“食糧戦略”を最も行使しやすい立場にいる。なお,分配問題との関連で注意すべきことは,世界の流通機構が不備であるということである。輸送機関・港湾施設・倉庫などが不完全なために,食糧が希望通りに配分されないということが,しばしば発生する。さらに,世界の食糧備蓄体制の確立が必要である。穀物在庫が60日分以上あれば,国際農産物価格が安定することは,経験的に明らかなことであるが,この在庫の半分がアメリカの在庫であるというところに問題がある。というのは,このアメリカの在庫は,価格支持などによる農政の失敗から発生した過剰在庫なのであって,アメリカの農政が合理的に展開すれば,減少する運命にあるからである。といって,世界が協力して共通の備蓄体制をとれるほど,各国の政治的対立が解消していないところに,現代の食糧不安があるのである。

【日本の食糧】[1]食生活近代化年齢・性別・職業などが一定なら,その人にとって理想的な栄養はただ一つであるが,一方,食糧は種類が多く,いずれも量の多少にかかわらず,きわめて多くの種類の栄養を含んでいるから,理想的な栄養を充足する食糧の組み合わせは無数にあり,特定の食生活形態が絶対的に優位であるということはない。栄養学的にはバランスさえよければどの形態でもよいのであって,食生活を特定化するものは経済的要因である。経済的水準が低い社会では,その地域の生産物による低費用のメニューが選択される。その意味では,日本の伝統的食事である“ご飯に一汁一菜”もバランスさえよければ,栄養学的には必ずしも悪いものではなく,経済性の優れた食事であるということになる。逆に,経済が発展し,社会が豊かになってくると,食生活は文化的要因を重視して“多様化”してくる。日本の場合,明治維新以来,社会の近代化を“洋風化”によって遂行してきた関係上,食生活の近代化も食生活の洋風化という色彩を帯び,第二次世界大戦後,とくにこの傾向が強まった。したがって,食生活の発展を考えると,栄養的要因を中心にしながら,経済的要因から文化的要因へ重点を移してゆくことになるから,経済発展との関連でみると,第1段階では一人当たり消費量が増え,第2段階では消費の内容が複雑になってゆく,という経過をたどる。とくに,この第2段階は食糧消費の内容構成が多様化する段階,食品加工が,多様化してゆく段階,最後に消費形態が多様化してゆく段階に区別される。食糧消費の内容構成は多くの場合,主食のデンプン質食糧を減らして,畜産物などの副食,果物などの嗜好食品を増やしてゆくという経過をたどる。このために,農業や水産業は,生産の作目を変更してゆかねばならず,この対応が十分に行われない場合は,生産過剰と輸入が増加することになる。これに対して,食品加工の展開は農業や水産業へ影響しないわけではないが,直接的には食品工業や食品流通業を発展させることになる。また,消費形態は三度の食事を家庭で家族とともにとるという伝統形態から,時間的・空間的・メンバー的流動化へと移行してゆくから,直接的な効果は外食産業や調理産業の発展ということになる。したがって,あと二つの展開は農業や水産業を増産へ導かず,むしろ停滞させる可能性がある。(白丸2)農業問題 経済発展は食生活を上述のような方向で近代化するとともに,生活全体のなかでの地位を低下させる傾向がある。食糧が生活必需品であるために,経済が発展してこの必需性を充足してなおゆとりがある場合は,消費は食糧から他のぜいたく品へ移り,食生活以外の他の生活の充実をはかることになる。したがって食糧消費の成長は他の分野の成長を下回ることになり,家計費に占める飲食費の割合,いわゆるエンゲル係数は低下する(エンゲル法則,EnGel’s law)。そのために,食糧生産の全産業に占める割合は縮小していくから,それに合わせて全産業に占める就業者割合を減少させなくては,食糧生産の一人当たり所得は他の部門のそれより相対的に低位にあることになる。社会の近代化を工業化による経済発展によって遂行しようとする場合,その初期の段階においては,農林水産業はきわめて重要な役割を担っている。なぜなら,工業化以前の社会は農林水産業が唯一最大の産業であるから,工業化に必要な労働力や資本などは,すべて農林水産業に仰がなくてはならない。農林水産業にこれができるためには,農林水産業の生産性が高く,工業部門に生産要素を提供して,なお安い食糧を供給でき,輸出によって外貨を獲得し,政府に納税できるだけの力をもっていなくてはならない。したがって,近代化に成功した現在の先進国は,なんらかの方法で,農林水産業の生産性向上の努力をしている。日本の場合,技術は篤農家に,土地改良は地主に依存していたが,近代化の過程で農事試験場や農地組合などによって,その主導権は国や地方自治体へ移っていった。このことによって,技術の開発・普及や土地資本形成は大規模化に成功し,生産性の向上に大きく貢献したが,その反面,政府による農業の社会化が進み変化への順応という点では硬直化が進行した。したがって,食生活の近代化によって,食糧生産の作目構成が変化し,エンゲルの法則によって,全産業における地位が低下してきているにもかかわらず,食糧生産は必ずしもこの変化に順応できず,食糧の需給バランスを崩し,それによって農業所得を相対的に貧窮化させるという,いわゆる農業問題を発生させるにいたった。この先進国の現象に対して,開発途上国にみるような,経済発展の初期における食糧不足を,狭義の食糧問題というのである。[3]基本法農政 第二次世界大戦のあと,1948年に日本は農地改革を断行して,土地所有形態を民主化したため,農業において民間活力が大いに振るい,戦後の“食糧難”を脱却することができたが,日本経済が高度経済成長期に入るに及び,農業は新たな対応を迫られることになった。1961年に成立の農業基本法はこうした時期における農業の方針を示したものである。そこでは,減少してゆく農業就業人口によって経営規模を拡大するとともに,従来のように漫然と慣習的農業をやっていたのではいけないのであって,需要の伸びる農産物を選んでつくるのでなくてはならない,こうして,一人当たり所得を上げることによって,他産業に負けない農業経営,すなわち自立経営農家とならなくてはいけない,以上のような意図を汲んで〈選択的拡大〉ということばがキャッチ=フレーズに用いられ,これ以後の農政を基本法農政と呼んだ。しかし,その後の展開をみると,基本法農政は必ずしも成功したとはいえない様相を呈している。まず,経営規模の拡大であるが,農地の拡大がほとんど不可能なわが国にあって,規模拡大ができるほどには農家戸数は減少しなかった。なるほど農業人口は著しく減少したけれども,それは高度経済成長期の前半においては農村の若齢労働力の流出として現れたから,当面,農家戸数を減少させることにはならなかった。高度経済成長期の後半においては,農家の中堅労働力が他産業へ流出したが,これは在宅勤務が多く,農業経営を家族にまかせたから,兼業農家の形態をとり,農家戸数の減少には貢献しなかった。また,需要の伸びる作目の選択も必ずしも成功したとはいえなかった。食生活の近代化によって,確かに畜産・果樹・野菜やパンなどの洋風食品は需要が伸びたが,需要の伸びる作目は農法としてはヨーロッパで発達した有畜畑作農業を前提としており,ヨーロッパは低温乾燥の風土であったから,それは高温多湿の風土をもつ日本に必ずしも定着する保証はない。したがって,畜産は大量の輸入飼料に頼ることになったし,小麦・大豆・砂糖も大部分を輸入に依存した。日本の経済成長があまりにも急速であったために,農業の対応はこのように著しく遅れをとることになったが,この結果,農業部門と非農業部門の“所得格差”は一層拡大していくことになった。これを放置すれば,社会問題になるという見地から,戦中・戦後の食糧不足時代からの食糧管理制度を温存し,米価を支持することによって,農業所得の相対的低下を防止しようとした。しかし,その結果は過剰米を大量に発生させ,1969年から,稲作の減反に踏み切らざるをえなくなった。[4]自由化と安全保障 農業を保護するためには輸入制限によって農産物の国内価格を高く維持することが望まれるし,食生活を豊かにするためには国際価格の安い食糧を輸入することが好ましい。これら相反する二つの要求の妥協として,日本の農産物自給率は比率の高いものと低いものとに二極分解してしまった。しかし,国内の畜産は輸入飼料に大きく依存しているわけだから,穀物自給率は3分の1で,きわめて低い。また,日本の水産業は世界一の生産と輸出を誇っているが,1971年ごろから輸入が増加し,いまではこれも世界一になっている。その上,200海里問題の出現により,世界の漁獲量の約15%,約1,000万tを占める日本水産業の立場もしだいに苦しくなってきている。こんなわけで,日本の食糧自給率は著しく低下し,生産量は栄養にして“安静時の熱量所要量”しか供給していない有様である。世界はやがて単一の社会になるにしても,当分のあいだは各国は政治的・経済的に国益を優先してゆくだろう。また,当分のあいだ,異常気象が頻発すると見通されている。このような状況を前提にする限り,日本は国際化する過程で,食糧の安全保障について,配慮する必要があろう。1974年11月,ローマで国連主催の世界食糧会議が開かれた。従来のFAOに加えて,世界食糧理事会が設立され,1977年には農業開発国際基金が設立されたが,世界食糧備蓄体制の提出は総論では賛成されても,各論になると各国の利害が対立して,必ずしも成功していない。したがって,日本としては国際協力の姿勢を維持しつつも,独自の対策は立てざるをえない。これは食糧危機対策といえるが,短期対策としては,重要農産物,各2カ月分の在庫による食糧備蓄が必要である。長期対策としては,緊急時に日本の国土資源だけで生きてゆくために,食生活の変更と,それを充足する食糧生産に関する計画を立てておき,それに必要な生産手段の備蓄をしておくべきである。これは,国際協力のために役立つ農産物の自由化と矛盾するものではなく,むしろ,それを促進するための予防策といえよう。自由化に耐えうる食糧生産体制こそが,結局は,日本の食糧の安全保障を確立するのである。

〔参考文献〕GriGG, D.B., 飯島二郎・山内豊二・宇佐美好文訳『世界農業の形成過程』1977,大明堂

“The AGricultural SYstems of EvolutionarY World”1974,CambridGe UniversitY Press

唯是康彦・斉藤優『世界の食糧問題と日本農業』1981,有斐閣

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