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●照葉樹林文化 しょうようじゅりんぶんか

アジア 日本 AD 

照葉樹林文化とは、中尾佐助らを中心とする学者が、生態学的視点から主張した農耕文化であり、それはヒマラヤ山脈南面中腹の地帯から、雲南・華中・日本南西部へとひろがる照葉樹林帯の植生に基礎をもつ。また、この文化は熱帯に成立した根栽農耕文化の温帯適応型の文化であり、日本における縄文農耕との関連が考えられている。

 この文化の植生上の基礎となる照葉樹とは、カシに代表され、シイ・クス・ツバキ・モチ・サザンカなどを含む樹木類の総称である。それらの共通性は、常緑樹であることと、葉の表皮のクチクルの発達がよいために葉に光沢があり、色が深緑色となっていることである。これらの照葉樹を指標植物として考えられたのが照葉樹林帯であり、この生態気候区分は、東アジア地域におけるケッペンの気候区分を改善するために川喜田二郎と吉良龍夫が工夫したものである。この照葉樹林帯は、ヒマラヤ山脈の南斜面中腹部に始まり、インドシナ半島の山岳地域、雲南・華南の山地地域、揚子江流域をへて西南日本にまで分布する。

 この照葉樹林帯には、ナット類にクリ・トチ・シイ・ドングリ・クルミがあり、野生根栽類にはクズ・ワラビ・テンナンショウがあり、これら野生の食用植物が、この地域の農耕以前の食料となっていたと考えられている。

 ところで、中尾は世界の農耕文化を四つの基本複合から成ると考えている。すなわち、第一にバナナ・ヤムイモ・タローイモ・サトウキビといった作物を伴う東南アジア起源の根栽農耕文化シコクビエらを伴うニジェール川流域、エチオピア・インドに起源したサバンナ農耕文化、ムギ類を伴い、中近東起源の地中海農耕文化および南・北アメリカ起源の新大陸農耕文化である。このうち最古のものと中尾が考えている熱帯降雨林帯の東南アジア起源の根栽農耕文化において栽培化された作物のほとんどは、照葉樹林帯では栽培が不可能であった。このため、熱帯の根栽農耕文化照葉樹林帯に入って変質し、その農耕文化の亜系ともいうべき照葉樹林文化を成立させた。すなわち、照葉樹林地帯では、イモ類としてはタローイモの一種としてのサトイモとヤムイモの一種としてのヤマノイモ(ナガイモ)のみが雲南省あたりで栽培化され、ヒガンバナ・クズ・ドングリ・トチの実などから毒をとりさり、デンプンをとりだす水晒しの技術とともに、それら作物は日本にまで伝播した。このようにして導入されたイモ類の栽培と毒ぬき技術によって支えられたのが照葉樹林前期複合と呼ばれる農耕文化であり、この二種のイモ類以外にカシノキとヒガンバナの栽培種も日本に導入された。しかし、これら作物類から成立する農耕文化は十分な食料体系とはなりえず、その後サバンナ農耕文化からヒエ・シコクビエ・アワ・キビ・オカボらの作物を受けとり、その影響下に特色ある農耕文化複合を形成していった。しかし、こうして成立した照葉樹林文化は、青銅器時代まで連続していったが、水稲栽培の開始とともにその独自性を失っていったとされている。

 このような系譜をもつとされる照葉樹林農耕文化は、西南日本においては水稲作以前の縄文文化に比定される。縄文時代における農耕の存在は十分確認されてはいないが、縄文中期・晩期における食文化については、こうした照葉樹林帯に共通する農耕文化との関連性を考えざるをえないし、また縄文時代に農耕が存在していたことを暗示する多くの証拠も近年発見されつつある。

 この照葉樹林帯に存在したであろう農耕文化複合を示す証しとなっているのは、中尾によれば、ここに発生した文化複合の要素で、過去の文化遺産と考えられる、茶・絹・ウルシ・柑橘・シソ・酒であるという。まず、茶については、ある種の植物の葉が加工され、飲用にされる習慣は照葉樹林帯で非常に多くみられる。しかも、それら植物のうち茶のみに限っても、日本茶に代表される無発酵の茶がら、半発酵のウーロン茶、紅茶のような発酵茶、さらにはカチン族のレーペットと呼ばれる強発酵茶にわたるまで、さまざまな加工法が工夫されているのもこの地域である。

 絹についてみると、東部ヒマラヤからアッサム地方にかけての地域では、カイコを含め、20種以上にもわたる野生の昆虫のマユの利用が知られている。また、中国もこうした野生の昆虫のマユの利用が多く、こうした絹の利用を始めた地域も照葉樹林帯である。この絹の利用地域とほぼ同じ分布を示すのがウルシの利用地域である。ウルシノキおよびその他の近縁の樹木からウルシをとり、漆器をつくる習慣もまた、タイ・ビルマの北部山岳地帯を中心にとくに多様であるという。柑橘類の多様性の中心は雲南省周辺であり、シソおよびその近縁種の利用もこの地域で盛んであり、シソは香味野菜としてばかりか、種子を採油用および食用にも利用されている。

 酒については、もともとヒンドゥー文化圏には穀物酒がなく、これは照葉樹林帯を中心としつつも、それよりやや広い地域に見られた。この酒は穀類のデンプンのカビの一種である麹を使い、デンプンを糖化する方法によってつくられるものである。この酒づくり法は、照葉樹林文化地域にサバンナ農耕文化の作物、シコクビエが導入された後、このシコクビエを利用して麹がつくられるようになり、発展したものであると考えられている。

 こうした植物の利用を中心に考えられた照葉樹林文化は、より高度な水稲作文化の開花以前に、この植生地域に発展したものであり、日本の文化の基層を成していたと考えられる。また、日本の山住みの生活文化のさまざまな側面に、東南アジアの山岳地帯(照葉樹林帯に入る)の焼畑農耕民の生活文化と共通するものが多々あるとされている。

〔参考文献〕上山春平編『照葉樹林文化』1969、中央公論社

中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』1966、岩波書店

佐々木高明『稲作以前』1971、日本放送出版協会


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