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●情報化社会 じょうほうかしゃかい

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 情報伝達・情報処理などの技術革新によって,情報にかかわる諸活動が,社会組織内において重要な位置を占める社会。工業社会に対応して情報社会ともいう。工業社会は物質的豊かさに基本的な価値を置き,大量生産―大量流通―大量消費のサイクルを維持し,高度に発展してきたとみるならば,情報化社会は情報が大量に生まれ,エレクトロニクス技術を中心とする先端技術を利用した機器によって,大量に流通・蓄積される社会である。技術革新により多様なコミュニケーション手段が開発されていくなかで,情報は価値と力を高めている。1983年は国内的にはテレビ放送開始30周年にあたると同時に「ニュー=メディア元年」といわれ,国際的には「世界コミュニケーション年」と国連によって提唱された。情報やメディアへの関心が高まっているなかで,日本ではテレビの文字多重放送が1983年10月に開始され,1984年からは放送衛星を利用したテレビ放送,さらにはキャプテン=システムINS(高度情報通信システム)などが実用化にむけての実験,もしくは商用化の段階へ進んでいる。

【工業化と情報化】物とエネルギーの生産・流通・消費の量的拡大・質的多様化をつづけている工業化の波と情報・知識の生産・収集・流通・消費(処理・利用)の量的拡大・質的多様化および質的高度化(高速化・広域化・緻密化)の情報化の波は,相互補完的に作用している。工業化の発展過程において,情報のもつ意義は大きい。たとえば,需要についての情報,広告にみられる生産品に関する情報,生産活動に関する技術情報,あるいは株式などの相場情報などがある。大商社の国際情報網が,新聞・放送・通信社の報道機関のもつ通信網の数十倍である状況は,情報の価値を企業が重要視している一例である。1977年9月,バングラデシュの首都ダッカに,ハイジャックされた日本航空機が着陸した事件で,国際電話回線の故障などのため,報道機関は商社のテレックス網に頼らざるをえなかった例をはじめ,中東地域で発生する事件などでは商社情報が多く利用された。情報化が進展するなかで,人々の価値観が多様化し,生活様式も変化している。電気通信の発達は情報伝達の時間と距離空間を克服した。さらに1970年代に普及発達したコンピュータによって,情報は大量に処理され,その処理時間も大幅に短縮した。電気通信技術の進歩とコンピュータ機能の発展が情報化を推進しているし,これらの組み合わせを抜きには情報化の発展はありえないといわれている。またこのことは工業化の発展にとっても不可欠な要因である。工業化と情報化は相互に影響を与え,ともに高度化する。

ニュー=メディアと情報化】都市型CATV(有線テレビ)事業に私鉄・商社・流通業界や国鉄・電力会社などが,郵政省にその許可申請を提出したり,研究に着手しはじめたのは,1980年代になってからである。このように本来直接情報を商売の対象としていなかった業種がニュー=メディア産業に乗り出してきたことは,いかに情報そのものが利益の対象になりうるかの証明になる。CATVが,かつてCommunitY Antenna Televisionと呼ばれていた時代には大手企業の進出はほとんどみられなかった。1980年代に入って,都市部におけるCATV事業の免許申請が上記の企業により多く出されており,そのいくつかには郵政省の許可がおりている。このことは,ややもすると都市部と非都市部とのあいだに現存する情報格差をさらに拡大する可能性がある。NTT(日本電信電話株式会社)のめざしているINSは情報流通コストの遠近格差のきわめて少ないシステムであり,データベースの地方分散化を災害対策の面から考慮している点で,情報格差是正のメディアである。双方向CATVやINSの発達によって,データ回線の全国ネットワーク化が進展し,個人情報が膨大にデータ=バンクに蓄積される一方で,蓄積された情報が,ネットワークで結ばれた端末機器の利用により,もれる危険性もある。個人のプライバシーが簡単に侵害される危険が増大することになる。家庭にいながら,買い物(ホーム=ショッピング)や銀行との取引(ホーム=バンキング)などができるほど便利になる反面,市民生活は情報社会のなかで“裸”にされる可能性がある。コンピュータ犯罪も増大するとみられている。ジョージ=オーウェル『1984年』の監視機構による非人間的管理社会の出現を,国家的レベルでの「プライバシー保護法」などの制定により防止しなければならない。また,情報機器相手の仕事に伴なう肉体的・精神的問題が指摘されはじめている。コミュニケーション活動の基本は,あくまでも人間対人間のパーソナル=コミュニケーションである。コンピュータなどの情報機器の普及に伴う,今後人々のコミュニケーションのあり方が注目される。

 技術革新による情報環境の進展のなかで,われわれ個々人が情報の主体者であることを確認しつづけなければ,現在の情報化の流れが,人々を監視するための流れとなるだろう。さらに,ニュー=メディアを享受しない人を疎外しない情報環境を整備する必要もある。