●正徳の治 しょうとくのち
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徳川家宣の六代将軍就任に伴い,師である新井白石は抜擢され幕政に参加することになった。白石の政治全般をさして正徳の治(1709〜1716)という。経済政策として,元禄時代の悪貨を是正するために慶長の古制に従って正徳金銀を鋳造した。輸入超過による金銀の海外流出を防止するため海舶互市新令を発して,長崎での貿易額をオランダ3,000貫目・清国6,000貫目と制限をした。さらに各種の儀礼整備も行われた。天皇家が財政上の問題から嫡流以外は出家せざるを得ないという不当を緩和するため,1,000石の家領を献じて閑院宮家を創設した。朝鮮使節の待遇についても,朝廷からの勅使に対するものよりも重い観があるため,使節への待遇を過分にならないように改めて,接待の格と内容を落とした。これら一連の政治は,元禄時代の政治の不備を正すという積極さがあるが,儒学者としての立場からの理想主義的政治のため,現実との差が大きすぎて限界のあるものであった。