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●乗田 じょうでん

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『令義解』に,〈凡そ諸国の公田は,皆国司郷土の估価(こか)に随ひて賃租せよ。其の価は太政官に送り,以て雑用に充てよ〉という条文が収められ,この公田は〈乗田〉であるとしている。現在乗田は,口分田を班給したあとの残余の田とされることがふつうであるが,口分田班給とは別にこのような田が確保された可能性があるともいわれる。この条文とほぼ同文の太政官奏に関する記事が,736年(天平8)のこととして『続日本紀』に記されているが,類似の条文が大宝令にもあったとする説もあって,諸国の公田賃租の価を太政官に送る制度がいつ成立したかは定かでない。乗田は輸地子田とする田種分類があるが,輸地子田とされたのは乗田だけではなく,輸地子田の地子は必ず太政官に送られたわけでもない。正税に混合されたり,軽貨に交易して太政官に送られることもあったとされる。しかし諸国の乗田地子は太政官に送られるのが原則であったといわれている。