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●正長の土一揆 しょうちょうのつちいっき

アジア 日本 AD1428 室町時代

 1428年(正長1)におこった徳政一揆。同年1月将軍義持の死去,同5月鎌倉公方家の謀反の動き,8月南朝系の小倉宮方の挙兵などが続き,それに凶作と流行病が広まった。ついに8月近江坂本・大津の馬借が一揆をおこし,9月醍醐から11月には京都に波及した。同時に大和から畿内一円に,翌年には播磨の土一揆を誘発した。この一揆は幕府に徳政を強要し,京都では高利貸の土倉・酒屋・寺院などを襲い,借用証文を奪って焼き捨てることがおこった。管領畠山満家・侍所所司赤松満祐らは出兵して鎮圧に向かい,11月下旬には徳政を求める一揆の要求を却下した。この一揆は日本開闢以来最初の出来事と評され,広い層の土民が連合し,広汎にわたって数カ月間続いた。その結果,徳政令を出させることはできなかったが,私徳政は認めさせた。この一揆の遺物として奈良市柳生町の柳生街道筋の疱瘡地蔵の石仏の傍に『正長元年ヨリサキ者カンへカンへ四カンカウニヲ井メアルヘカラス』の碑文が残されている。

〔参考文献〕永島福太郎「正長土一揆の経過」(日本歴史202)1965

黒川直則「土一揆・国一揆」(講座日本史)1970