●上供・留使・留州 じょうきょう・りゅうし・りゅうしゅう
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中国唐代における財政制度上の用語。初め,地方賦税の一部を中央政府に送り,これを上供と称し,残りは地方で消費した。唐の中期以後,節度使・監察使の肩書をもつ軍閥が割拠し,中央政府と地方とのあいだに立って勢力をふるい,賦税が三分されるに至った。すなわち,中央に納める上供,軍閥に送る留使,そして地方で消費する留州である。留使は地方では送使と呼ばれまた供使とも称された。唐末・五代になると節度使が権力を握り,上供を少なくし留使を増やした。しかし塩鉄などの専売税・酒税・商税などの多くは中央政府に上供されていた。宋の太祖帝の代となると,節度使の権力は奪われ留使は消滅して,これらの制度は実質上の区別を失い,諸経費を除いた地方の両税や専売税はすべて中央政府に上供されるようになった。このようにして宋代の財政基盤は築かれていった。