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●貞観の治 じょうがんのち

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 貞観(859〜877)は清和天皇の時の年号。この時期は比較的政治が安定していたので,貞観の治と称される。太政大臣藤原良房が執政し,872年(貞観14)に良房が死去すると,その子基経が政治指導にあたった。良房・基経らは良吏と称される地方政治に才幹をもつ官人を多数起用し,その刷新に努め,成果をあげた。当時の良吏の典型に紀今守がおり,862年(貞観4)にその発議により貞観新制と称される法律が布告され,3年間という時限立法であるが,田租の増徴と徭役の軽減および出挙の停止という方策で農民に臨んでいる。田租増徴と徭役軽減は後退する律令支配を再建する一方法であり,それを積極的にとりいれた点に貞観の治の特色があった。ただし律令支配と矛盾関係にある権門による在地進出とその経済活動の活発化は貞観期を通じて見られており,一部には国郡司と権門勢力とのあいだで武力抗争事件もおきていた。したがって律令支配の解体要因を孕んだ上での政治的安定であった。