●松下村塾 しょうかそんじゅく
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江戸時代末,長州萩の東部松本村にあった私塾で,とくに吉田松陰の教育をもって有名となった。もともとは,吉田松陰の叔父,玉木文之進の塾であったが,後に吉田松陰が受け継いだものである。吉田松陰は,長崎・江戸などに遊学した。さらに松陰は1854年(安政1)にペリーの浦賀再来航にあたり海外密航を企てたが失敗し,萩の野山獄につながれた。野山獄より1855年(安政2)の暮れに帰され,松下村塾を受け継いだ。そして,長州の年少気鋭の者が集まり,久坂玄瑞・高杉晋作・伊藤博文・品川弥二郎らが門弟となった。この塾はやがて藩校の明倫館に対抗して独自の地歩を占めた。吉田松陰は,時世を一方で憂え,塾をして学問の場とするだけでなく政治的運動の方向までもっていき,長州藩の尊王攘夷運動の一大拠点ともしたのである。また,安政五カ国条約の調印に反対して攘夷を唱え,安政の大獄のなかで刑死したが,塾は討幕運動に大きな役割を果たした。