●狩猟信仰 しゅりょうしんこう
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狩猟信仰の対象は熊その他の大型獣の場合に限られている。猟人は大型野獣狩猟民の信仰をいい,特に山の神への信仰が強いといわれている。狩猟民には一般に獲得した動物の耳や内臓を山の神に供えるという伝統がある。彼らの山の神は,農民の山の神と違って,里へ下り田畑を守護する機能はもたない。獣の棲む山地は一般の村里とは異なる世界で,山の神の支配する山中他界であるという認識のもとで,猟人は山中では身を浄め,里言葉を忌み山言葉を使用し,種々の禁忌を守るなど身を慎み,山の神の意に添うように身を持している。さらに山中では一切山大将の指揮に服し,個人の恣意的行動は許されない。獣を捕ると,その土地ごとの一定の作法によって捕獲儀礼を営む。その儀礼は,山の神に対して獲物を与えてくれた感謝として,耳・内臓・肉などの一部を供えることが全国的に共通している。また,福島県桧枝岐村ではケマツリと言って,獲物の耳・手先・足先の毛など7カ所の毛を切って十二称,すなわち山の神に供える。新潟県南蒲原郡下田村大谷では,皮剥ぎの後,むき身の頭を北向けにして,皮を逆さにかけてスワノモンを唱えながら3回獲物を叩く。皮を逆さにかけることは秋田県根子マタギもケボカヒと呼び行っている。これは葬式の逆さ着物に類似し,獣の霊を満足させるように儀礼を尽すもので,そうすれば猟人に祟りすることもなく,続いて獲物の幸があると信じられていた。大谷のスワノモンは長野県諏訪神社の〈業尽有情 難放不生 故宿人天 同証仏果〉(ごうじんうじょう すいほうふしょう こしゅくにんてん どうしょうぶっくわ)の偈文で,野獣の霊魂を成仏させる言葉として,さまざまに訛りながらも広く猟人たちに暗誦され,その秘法の巻物にも記されている。巻物は伝統的な狩猟をしてきた山村各地に伝えられている。二人の猟師が一人は山の神を助けて幸運に恵まれ,一人は不運となったという伝承が,形式として最も古い巻物の内容であろう。また日光権現との関係を説く日光派の由来記や,高野派の弘法大師の教えを記した巻物もあるが,日光派・高野派の巻物などは東北地方に分布するにとどまる。
狩猟神としては,以上の諏訪・日光・高野のほか熊野・阿蘇などがあげられるが,それらの神仏を奉ずる神人や修験者の巡歴の影響が多く見られる。特に呪文には修験道に関したものが多い。四国では陰陽道が支配的である。
鉄砲の弾丸には,特別に力があると信ぜられている弾丸があって,これをユルシノタマ・シャチダマなどともいう。危難のときに用いるといわれ,伊勢神宮で許しをもらうとか,八幡大菩薩の名をもつものである。三河などでは獲物に命中した弾丸を抜いて,これを新しい鉛にまぜて次の弾丸としたもののことで,必ずあたるといわれている。これを命玉というところもあって,山中で魔物に遭ってこれを放って命拾いをした話もある。
また,初めて狩りに参加する者が勃起した男根を露出して山の神を祭る儀礼,たとえば新発田市滝谷のマタギ祝い,秋田県根子のクライドリなどが近年注目されている。さらに鹿児島県大隅半島に近い大根占町池田の旗山神社の正月2日から4日までのシバマツリや,愛知県北設楽郡東栄町古戸の川二月初午に行われるタネトリなどは,狩りの祭儀がそれだけの独立した儀礼ではなく,農耕の豊穣の予祝と関連して必要なものと考えられたらしい。新潟県岩船郡山北町山熊田では,毎春部落の男子総出で熊狩りを行い大里祭り(山の神祭り)をしているが,この集団狩猟は熊の獲れるまで行われる。この部落の共同狩獲などは上述のシバマツリ・タネトリなどと同じく農耕と複合した狩猟儀礼の一端と見なされると思われる。
男根露呈の儀礼と春の村落集団狩猟儀礼の問題などは,狩猟信仰の今後の大きな課題であろう。
〔参考文献〕千葉徳爾『狩猟伝承研究』1969,風間書房
千葉徳爾『続狩猟伝承研究』1971,風間書房
千葉徳爾『狩猟伝承研究後篇』1977,風間書房
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