●主婦権 しゅふけん
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家庭生活において主婦に付与される権限。旧家族制度において家長権が家を代表するものとして法律上,社会制度上意味をもってきたのに対し,主婦権は家庭内の衣食住を管理する権限として慣習のレベルで存在してきた。近世武家社会では家長権が増大するとともに主婦は奥を切りもりするのみにとどまり,その権限は減少した。しかし,主婦も生産活動にたずさわった庶民層,とくに農漁村では主婦の諸権限は比較的強かった。〈上州のかかあ天下〉や八丈島を〈女護が島〉と呼ぶのは,女性の機織が家庭の経済を支えていたことと無関係ではない。【主婦の座】東北や信越地方では主婦をエヌシと呼び,京都でも古くはユワラジ(家の主)あるいはイエトウジと呼んでいた。イエトウジとは家刀自のことで家の頭を意味し,沖縄や壱岐でも近年まで使われていた。東北地方では飯を盛るヘラを管理するという意味で主婦をヘラトリともいった。また客に対するもてなしの食物が不足することをヘラカツグともいって主婦の恥とされた。つまり,自給自足でかつ食料が十分でなかった時代には食料の確保・消費を1年間計画的に行い,その上毎日の食事を家族員に公平に分け与えることは,長年の経験を積んだ主婦でなければできないことだった。その意味で主婦は家のなかで主ともいえる重要な地位を有していた。佐渡の相川町では,クラザカシといって米・味噌の入った蔵を管理するのは主婦の役目だった。嫁は毎日の食事の仕たくをするのにも必要な分量だけ主婦から預かり,直接蔵に入ることはできなかった。このように食料の管理は一切主婦に任されており,不足がちの食料を食い延ばすのも,余剰を蓄えるのも主婦の裁量であった。だから財布は主人が握っているにもかかわらず〈家のシンショはカカでもつ〉とか〈女房の不作は一生の不作〉ともいわれた。主婦の地位は囲炉裏の座席にも示されていた。家長の座は通例ヨコザと呼ばれて神棚や仏壇を背にして座るのに対し,その右あるいは左側で炊事場に近い側が嬶(カカ)座・鍋座・腰もとなどと呼ばれる。主婦はその席で炊事や食事のいっさいをつかさどり,主婦以外の者がそこに座ることもその仕事に関与することも許されなかった。
【主婦権の譲渡】主婦の座をいつ嫁に渡すかは家庭の事情にもよるが,地方によりそれぞれ異なった習慣があった。一般に孫に嫁をとって世代替わりするころ,あるいは姑が主婦としての労働ができなくなるころ渡されることが多く,静岡県浜名湖周辺では〈嫁住み20年〉といわれた。主婦権のシンボルは杓子であり,その譲り渡しも東北地方ではヘラワタシ,関東地方ではシャモジワタシと呼ばれ,そのときに簡単な儀礼を伴うことがあった。長野県北安曇郡では,大歳の晩に杓子を鍋蓋の上にのせ,手拭い1本を添えて姑から嫁に手渡された。家長権の譲渡が対外的に承認を必要とするのに対し,主婦権のそれは家庭内のことで外に披露することはなかった。
隠居制のある地域では,隠居の時期がすなわち家長権・主婦権の譲渡を意味した。伊豆諸島の場合は足入れ婚が行われ,一定期間夫が妻問いをしたのち妻が夫の家に人り,同時に夫の両親が隠居した。この制度では1軒に2人の主婦が同居することが避けられた。3代同居の直系家族が形成される前に分裂して夫婦家族を指向する場合,家族員の数も少なくなりそれを管理する主婦の権限も大きくはなりえないし,主婦権譲渡の時期も早まることになる。何組もの夫婦が同居することによって大家族を形成する地域と,隠居制や末子相続などによって小家族を指向する地域では家庭における主婦の権限も異っていた。
〔参考文献〕柳田國男「家閑談」
『定本柳田國男集』15,1968,筑摩書房
和歌森太郎「家長権・主婦権の習俗」講座家族2,1977,弘文堂