●シュパイアー国会 シュパイアーこっかい
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD
宗教改革期のドイツにおいて,皇帝カール5世によりシュパイアーに召集された2度の帝国議会。カール5世は教皇との提携を緊密にする必要上,ヴォルムス勅令(1521)を発してルター派の弾圧を策したが,当時イタリアで宿敵フランソワ1世と戦い(イタリア戦争),フランスと結んだオスマン=トルコのスレイマン1世がハンガリーからさらにウィーンに迫ると,国内諸侯の協力を求めざるをえなかった。そこで,1526年シュパイアーに国会を召集し,教会問題に関する決定を帝国諸侯と都市に委ねた。しかし,トルコ軍の撃退とローマ攻略によるイタリアの征圧で戦況が好転すると,再度ドイツ内部に目を転じ,2度目の国会をシュパイアーに開催した(1529)。そして1526年の決定の撤回とヴォルムス勅令の実施を宣告した。これに対し,ルター派諸侯が抗議(プロテスト)したので,プロテスタントの名称が生まれた。なお,シュパイアーはドイツ南西部,ライン川中流左岸に位置する。