●ジュネーブ4巨頭会談 ジュネーブよんきょとうかいだん
AD1955
1955年7月,アイゼンハウァーアメリカ大統領,ブルガーニンソヴィエト首相,イーデンイギリス首相,E=フォールフランス首相のあいだで開催された頂上会談。アメリカのトルーマン=ドクトリン,マーシャル=プラン,ソヴィエトによるコミンフォルム,コメコンの結成,そしてベルリン封鎖によって冷戦体制は決定的なものとなったが,他方,ソヴィエトの原爆保有(1949年),中華人民共和国の成立(同年10月)によって行きづまりのきざしをみせ始めていた。朝鮮戦争の勃発と台湾海峡における緊張の高まりという核戦争の危機,それをもたらす二極構造に対するインドのネルー首相らによる非同盟=中立主義の登場,さらにスターリンの死の前後からの雪解けのきざしを背景として,この会談は開かれた。会談そのものは,ドイツ統一を主要課題としたが,ブルガーニンによってその早期実現という西側諸国の希望は挫かれた。しかし,冷戦による勝利は不可能であり,現状を現状として受けいれねばならない,との認識が東西両陣営の最高首脳によって抱かれたことの意味は大きい。その後の紆余曲折はあるものの,平和共存時代への一道程であった。