●ジュネーブ軍縮会議 ジュネーブぐんしゅくかいぎ
AD1927
2回開かれており,最初は1927年6〜8月アメリカ大統領クーリッジの提唱により,補助艦の保有制限を議題としたもの。ワシントン条約(1922)では主要艦のみが対象となったので,それを補うために開かれた。日本・イギリス・アメリカ・フランス・イタリアの5大国が招かれたが,フランスとイタリアは参加を拒否し,会議自体も日本とアメリカの太平洋覇権をめぐる対立,イギリスの多数小艦主義とアメリカの少数大艦主義のあいだの対立によって結局まとまらなかった。2度目は1932年2月〜34年5月国際連盟の主催によるすべての国を対象としたもので,このような特定強国だけでない一般的軍縮は連盟創設以来検討されてきたが,各国の利害が絡んで容易に進展しなかった。その後世界恐慌によりようやく軌道にのったが,ドイツが軍備平等権を主張したため紛糾し,やがて成立したナチス政権下で1933年10月,ドイツが脱退したので消滅した。