●出版文化 しゅっぱんぷんか
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【出版の歴史】人間は思想を伝達する手段として,書物というパッケージを遠い昔から開発してきた。印刷以前の時代にあっては筆写によって書物が作られ,筆写材料としては,粘土板・パピルス・羊皮紙・絹・紙等が用いられた。印刷術が発明されると,一度に大量の書物の製作が可能となり,書物の文化が飛躍的に発展したので日本の場合,印刷による複製を意味する“出版”ということばが,書物の複製・伝播の仕事を意味して用いられるようになった。しかし英語で出版の意味で用いられる“publish”が本来,公表することを意味して,必ずしも印刷を前提としていないことに示されるように,出版活動は写本の時代にもあったことに注意しなければならない。古典時代のギリシアやローマでは,本屋が奴隷・写字生を使って一度に何冊もの写本を作り販売したし,中世ヨーロッパの修道院は一大写本工場の観があった。大体グーテンベルクが15世紀半ばに活版印刷術を開発したのは,美しい写本にできるだけ近いものを迅速大量に作るためであった。そこで当時筆写体としてひろく用いられたゴチック体で活字を作ったのである。このように“書物”は人類数千年の昔から作られてきたし,さらにそれ以前の時代には金属や石に彫ることによって思想や歴史が記録されてきた。幸いにして,消滅を免がれこんにちに伝わる数多い書物の出版にまつわる歴史,あるいは原物は失われてしまったが,歴史上記録に残る書物の出版の話を出版の歴史としてまとめる立場がある,いわば書物の歴史ともいうべきそうした出版史に対して,出版という社会的営みの変遷,つまり,その社会とのかかわりを明らかにしようとする社会経済史的な意味での出版史も可能である。ここでは前者「書物の歴史」は「本」の項目に譲り,後者の立場で出版の歴史をみることにする。【写本の時代】考古学的時代に始まる写本の歴史は,中世ヨーロッパにおいて三つの領域で発展する。第1は修道院で,その写本工房は6世紀から14世紀にわたる700〜800年間の永い活動によって,ローマ時代には野蛮地帯であった北ヨーロッパに“書物の文化”を普及させるのに貢献した。第2は大学町における写本屋の発展である。中世末期の数世紀に修道院に代わって次第に勢力を増し,社会のシステムとして定着しつつあった大学の近辺で,大学関係者の需要に応じたもので,同業組合としてのギルドを設け写本料金,学生への貸本料金を定めるというような商業的発展を示している。第3は政治権力で,封建諸侯のなかには能書家をかかえて,写本を作らせ愛書家・蔵書家として写本の交易・販売の発展に影響を与える者があった。このように,書物の発展の歴史には聖と俗の双方がかかわっており,そのなかで聖から俗へとしだいに重心が移ったのはヨーロッパでも日本でも同じである。ところで筆写材料として羊皮紙を用い,筆写という労働集約的な作業によって書物の一点製作をしていた中世においては,書物は貴重品で大変高価であったから,購入できるのは貴族や富裕な商人,教会等に限られていた。そこで写本屋は,販売のためには店を開いて待っているのではなく,訪問販売するほうが効果的であった。のちに書物の値段がしだいに下り購入者が増えてきたときにはじめて一か所に店を構え,客待ちをしても商売が成立するようになった。そうした本屋をステーショナー(定住書籍販売人)と呼ぶようになったのである。一方,中世ヨーロッパは翻訳の時代といわれれる。12世紀ないし14世紀という時代になってもまだ後進農業地帯に過ぎなかったヨーロッパは,自らの新しい価値を創造するよりも,外部からの価値の吸収に全力をあけていたのであった。この3世紀のあいだに西欧は,アラビア語とギリシア語からの翻訳を通じて,ギリシア文明・イスラーム文明の精髄を学びとることに一所懸命であった。しかし,それはまだ印刷以前であったから,すべて写本によって行われた。それはまた多くはラテン語という中世ヨーロッパの国際語に訳されたから,国際化社会であったヨーロッパ全体に迅速に伝播し,その知的活性化に貢献したのであった。そうした社会の背景があったからこそ,ヨーロッパにおいては“写本の時代”から“印刷の時代”ヘの転換が数十年という極めて短期間に完成しえたのである。
【羊皮紙から紙へ】ヨーロッパにおいては,グーテンベルクの活版印刷術の開発によって出版は近代化への途を歩みはじめる。印刷こそ出版近代化の基礎であったといえるが,その背景に紙の存在を忘れてはならない。紙が生産されるようになるまでのヨーロッパは,書物の筆記材料として羊皮紙を用いていた。これは羊一頭から二つ折本4ページ分がとれることを意味するから,1冊の聖書のためには何百頭もの羊を必要とした。そのため書物の値段は極めて高く,中世において書物は貴重品であった。それが紙の導入によって一挙に数分の一に安くなったのである。中国で2世紀の初めごろ,蔡倫(さいりん)によって開発された紙の製法は,シルクロードを通ってしだいに西方に伝えられる。イスラーム諸国をへて,それがヨーロッパの一角スペインに辿り着いたのは1036年とされている。それはさらにフランス(1189),イタリア(1270),ドイツ(1336)へと伝わり,イギリスが紙の生産を開始するのは実にグーテンベルクの印刷術開発におくれること数十年,1498年のことであった。ついでながらロシア(1567),オランダ(1586),アメリカ(1690),カナダ(1803)とみてくると,これらの地域が歴史上いかに出版文化の後発地帯であったかわかるだろう。いうまでもなく,わが国に伝わったのは7世紀の初めである。
【印刷の時代】古代・中世が“写本の時代”であったのに対し,中世末から近代にかけては“印刷の時代”である。印刷が主体となって本の複製・配布が行われた時代で,次の大衆社会時代にハード技術としての“印刷”でなく,ソフト技術としての“出版”を中心としてマスプロ,マスセールの“出版の時代”が実現するのに対応している。“印刷の時代”の出版者は歴史的に三つの発展段階をたどる。第1の時期グーテンベルクの印刷術開発からほぼ1世紀のあいだは印刷所兼小売商店の形が一般的であった。印刷家は自分で印刷した書籍を自分の店で販売したのである。やがて彼らはどうせ本を売るなら自分の作ったものだけでなく,よりバラエティのあるほうが売り上げが増えると考え,こうして印刷家同士のあいだで自作の書籍を交換することがはじまった。第2期は,16世紀半ばから18世紀半ばまでの2世紀間で,主な営業形態は印刷所兼出版である。まだ印刷が主体だが,作った書籍を自店で小売するのでなく,しだいに成立してきた専業の書店に卸したり,あるいはほかの印刷家との交換取引き,セールスマンを使う訪問販売などによって,広い範囲に積極販売を試みるもので,この時代の活動の中心は名地に開かれる書籍市(いち)であった。だから中世ヨーロッパの出版は,またブックフェアの時代ともいわれる。第3期の18世紀後半以後は,印刷と出版と書店の機能分化がかなり進み,一方大資本による集中が進行する。出版は印刷や書物の小売販売とは別の一個独立の機能であるとの認識が高まり近代的産業となったのである。
【東アジアの出版】“印刷の時代”をわれわれはグーテンベルクを語ることからはじめたが,実は印刷はヨーロッパの発明ではない。たとえば活字印刷を考えても韓国では李朝の高宗時代(1234)に金属活字による印刷を盛大に行っていたし,中国でも元の1312年ごろ王禎(おうてい)が木活字を作り,さらに1041〜48年ごろ畢昇(ひっしょう)が粘土で陶活字を作ったという記録がある。活字でなく整版印刷(版木を使った木版印刷)となると,9世紀の後半唐の時代に印刷された書籍が現物を遺している。こうした中国の技術は紙と同様シルクロードを通ってヨーロッパに伝えられ,13世紀にはヨーロッパでも木版印刷が行われたという記録がある。しかしヨーロッパでは版木に用いる良い木材を欠いていたため,木版印刷は教会の聖画印刷に使われたていどで,書籍印刷としては,さし絵以外ほとんど影響を与えなかったのである。このように,中国では2世紀以来,紙が生産され9世紀から整版印刷による書物の製作がはじまっている。その結果,唐・宋時代には多数の書籍が印刷され,とくに宋版のものはその美的に完成された字体によって有名である。韓国においてもまた,李朝時代を通じて20回ほどの鋳字を行い,多くの活字本を生み出したし,わが国でもまた770年に印刷された『百万塔陀羅尼』はともかくとして,鎌倉時代以後禅文化を中心に著作が多く行われ,印刷出版が盛んとなった。さらに300年続いた平和な江戸時代は町人文化の興隆があり,生活の余裕化,知識の普及によって出版文化は一挙に花開いたのである。
後述するように,出版における近代への離陸はヨーロッパの先進諸国で18世紀末から19世紀半ばにかけて一斉に起こるが,そうした出版離陸を開始する以前の状況でいうならば,ドイツ・イギリス・フランスなどの諸国に遜色ないていどの出版活動を東アジア諸国は中世を通じて継続してきたのである。むしろ東アジアの出版文化はヨーロッパに比較して一日の長を有するものであったということができる。そうした東アジアであったから,たとえば日本は明治維新後わずか20年で出版の離陸を完成したし,韓国,中国もまたいまそれをほぼ完成しつつあるのである。グーテンベルクが有名になったために,出版文化はヨーロッパからはじまったかのように誤解するおそれがあるので注意を要する。東アジアは近代化の最後の段階でヨーロッパに半世紀ないし1世紀おくれ,それが近代史に決定的な影響を与えたが,近代以前においては東アジアの方が文化的にはるかにヨーロッパに先行していることを注意すべきである。
【出版の時代】近代化を先行したヨーロッパ諸国において18世紀末から順次,出版産業が急激な拡大を遂げる。経済成長,教育の普及,余暇増大,所得増加,知識普及などを背景として起こったこうした現象を“出版の離陸”という。出版離陸はまずドイツに1780年ころから始まり,イギリスで1825年ごろ,アメリカで1850年ごろにそれぞれ始まっている。これらの諸国ではそれまで新刊書籍を毎年数百点程度出版していたものが,数千点のレベルに急激に拡大する。日本はそれを1870年から20年間で達成した。このような出版の離陸がなぜ起こるかについて,その理由を一義的に経済成長に帰することはできない。産業革命に先行し近代化をいち早く達成したイギリスでなく,ドイツにそれが起こったことから,むしろ教育の普及こそが最大の原因と考えられる。このような出版離陸を目ざして多くの途上国がいま必死に努力している。国家の近代化と経済成長を達成するためには,まず何よりも人材を必要とし,人材養成のためには教育資材としての書籍を必要とすることから,各国とも図書開発・出版開発に熱心である。そうした努力を援けるためにユネスコがまた大きな力を割いているが,成果は必ずしも良好とはいえない。
【現代出版ヘ】“出版の時代”の第1期が出版離陸によってはじめられたとするならば,第2期は出版における流通革命によってひき起こされる。出版における流通革命を象徴するのはペーパーバック出版に見るマスプロ・マスセール体制の成立である。大衆社会状況の浸透によって定価を極端に引き下げ,数十万部,時には数百万部という大部数を販売することが可能になったわけである。こうした出版のマスプロ・マスセール化は,そののちますます進行し,いまではテレビ,ラジオなどあらゆるメディアを動員してブロックバスターとよばれる数百万部の超大型ベストセラーを人工的に作り出す技術が出版作法として定着するまでになった。“出版の時代”の第1期では,出版の離陸によって出版点数は増加するが,価格はまだ安くならない。それがこうした流通革命をへることによって第2期には出版物価格の大幅低下現象が起こる。その結果,たとえば現在わが国は出版物の価格が所得に対して相対的に最も低い,すなわち出版物への経済的アクセスの極めて良好な国のひとつになっている。他方途上国のなかには経済的には日本の10倍もの犠牲を払わずには書物を購入できない国が多いのである。このように出版物の価格レベルが下り,極度に発達した流通チャネルを通して入手が容易になったため,日本人は人口一人当たり平均して年間に書籍10冊,雑誌20〜30冊を購入しており,わが国の出版産業の売り上げ高は自由主義諸国中,アメリカに次いで2番目の規模を誇っている。出版文化の爛熟期を迎えているといえよう。
【出版の未来】エレクトロニクスと通信技術の急速な発展から,現在はニューメディアを駆使する高度情報社会への入口に立っているといわれる。高度情報社会が実現すると,出版メディアは甚大な影響を受け,出版産業は潰滅的打撃を受けるのではないかとの不安が関係者を襲っている。しかし,ニューメディアもまたメディアに過ぎない。書籍・雑誌によって伝達される情報が断片的なものでなく,本来体系的,制度的な情報としての知識であることを考えれば,そして,そのような体系的,制度的情報の発信と受信には,送り手・受け手の人間的要素が深くかかわっていることを考えれば,ニューメディアの影響を受ける部分は決して大きいとはいえないだろう。かつて出版メディアとしての書籍・雑誌が新聞やラジオやテレビの挑戦を受けながら,出版メディアの最適の領域を確保することによって平和裡にそれらメディアとの棲み分けを行ってきたように,今回もまたニューメディアとの棲み分けを実現すると考えられる。むしろ21世紀が一層知的社会,文化的社会,情報社会としての性格を強めて行くことは確かであり,出版文化の前途は決して悲観的なものとは思われない。
【出版活動の広がり】社会主義諸国では出版は国営ないし国家管理のもとにあるが,自由主義諸国の出版は商業的に営まれる出版産業が中心である。世界第2の規模を誇るわが国の出版産業の売上げは,約半分が書籍,残る半分が雑誌売上げである。変化のはげしい情報化時代にあっては,刊行までに長い時間を要する書籍よりテンポの早い雑誌の方が好まれる傾向にあり,雑誌の比率が少しずつ伸びている。書籍についていえば年間3万点ほどの新刊が出版されているが,その約半数が広義の学術書,残りの半分は学術書以外の趣味・実用・娯楽・児童・学参・コミック等で,とくに最近はコミックの占める率が高くその量が流通上の大問題となっている。雑誌では1980年現在で週刊誌が56点,年間13億冊弱が発行され,月刊誌は1,755点17億冊が出ている。そのほか季刊誌等を合せて3,000点,約30億冊という厖大な量である。これらは一般出版社から商業的に出版される書籍・雑誌だが,このほかに学協会誌900点,大学や研究所の発行する紀要3,400点,官公庁発行の雑誌400点,諸団体が発行する雑誌2,500点があり,文学同人の発行する同人誌2,500点,企業発行のPR誌1,500点を加えると,この国でいかに多彩な出版活動が行われているかがわかる。とくに最近は企業や地方自治体のPR誌の質が高まり,多くの読者をひきつけている。
【出版の業態】わが国の出版産業は世界的に見て極めてユニークな発展をしている。こんにち世界第2位の量的拡大を遂げることができ,また上述のように出版物を安価に入手できるようになったのは出版産業の高度な発達が背景にあるためである。こんにち,わが国の出版産業の根幹を成しているのは出版社―取次―小売書店を通ずる全国的に整備された流通チャネルである。どんな地方の町でも書籍や雑誌に容易に接近できるという日本人にとっては当り前の事実が,多くの国や社会にとって望むべくもないことを見落してはならない。出版流通機構がわが国ほど整備された国は世界中どこにもない。このような出版流通体制を支える重要な支柱が二つある。第1は出版物の委託配本制であり,第2は再販制(再販売価格維持制度)である。書店は委託配本制によって売れ残りの心配なく仕入れることができ,再販制によって安売り競争の心配をしないですむから取引きの活性化と安定が確保され,ひいては出版物の流通コストを引下げ価格低下に役立っているのである。このようなわが国でこんにちみる出版流通システムは,昭和初年のマスプロ・マスセール出版のはじまり,すなわち前出の出版の流通革命の時期以後確立したもので,その意味で日本の取次制度は現代出版の象徴的存在といってよい。しかし最近は読者の価値観が多様化,ライフスタイルの変化,出版社間の競争の激化等もあって,いわゆる出版社−取次−小売書店という正常ルートのシェアは低落気味で,正常ルート以外の多様なルートが利用されるにいたっている。また出版社の競争の結果,実需を超えて流通チャネルに流し込まれる出版物は当然のことながら返本となって還流し,それが40%を超えるようになって社会的に問題視されている。しかしこのような事情も,諸外国の実情に比べればほとんど問題にならない。ヨーロッパ先進国といえども,出版流通に関しては中世的段階からあまり出ておらず,その非能率が書籍の高価格を招いているのである。
【世界の出版】人間は思想伝達の手段として古くから書物を作り伝えてきた。しかしすべての民族が同じように書物に重点をおいているわけではなく,またそれを生み出す同じ知的・物的能力をもってきたわけでもない。こうした民族間の差に最も貢献したのは効果的な書写材料の入手可能性であった。アフリカのように適当な書写材料がなく,湿潤な気候の影響をうけ易いところでは書物はあまり発展せず,むしろ歴史や思想は口伝えに伝えられてきた。書かれた文字によって思想を伝えることに馴れてしまったわれわれにとって,口承伝達は不確実で能率の悪いものと思われるが,それはわれわれが記憶力を退化させてしまったためであるのかもしれない。口承伝達は意外に大きな可能性をもっていたのではなかろうか。各種の書写材料のなかで書物に用いるのに最も適したものは紙であった。この紙が容易に入手できた東アジアと,パピルスや羊皮紙に頼らねばならなかったヨーロッパでは,学問のあり方にまた大きな差を生じた。紙を用いて厖大な記録が容易にできた東アジアでは,すべての発見・観察が記録され,記録すること自体に価値があるとする記録の学となったのに対して,紙のなかったヨーロッパではむしろ論争の学として口頭での議論対決が学問の主流となった。こんにち日本の学問はそうした伝統の差のなかで国際交流に苦心しているが,このような学問伝統の差は出版文化にも大きな影響を与えずにはいなかった。しかしこんにち出版文化の世界的状況に対してより大きな影響を与えているのは明らかに近代化の達成度の差である。そこでまず世界の出版状況に対して量的な側面をみると,1977年全世界で出版された書籍約60万点のうち,80%を超える50万点が先進諸国によって出版されている。人口100万人当たりの出版点数で見ると,先進国449点に対して途上国は46点と10分の1に過ぎない。次に内容についてみると,60万点のうち欧米諸国の出版点数が,これも50万点を超え,非西洋はわずか20%以下の10万点に過ぎない。かつてヨーロッパは,中世においてアラビア語からの翻訳によって異文化の摂取同化に大きな積極性を示したが,近代以後は,欧米中心主義で一貫しているように思われる。このことは翻訳出版をみても明らかで,同じ1977年には5万点出版された全世界の翻訳書の実に99%が西洋語からの翻訳であり(86%が西洋から西洋ヘ,13%が西洋から非西洋ヘ),西洋は非西洋から学ぶという体制にないことがはっきりしている。しかしそのように優勢な西洋の出版文化も,情報システムとして決して理想的な発達を遂げているとはいえないことは既述のとおりである。むしろ中世以来の伝統的スタイルを多分に遺しているともいえる。出版文化の世界はいまや大変革の時期を迎えているように思われる。
〔参考文献〕グロリエ,大塚訳『書物の歴史』1955,白水社
トムプソン,箕輪訳『出版産業の起源と発達』1977,出版同人
箕輪成男『歴史としての出版』1983,弓立社