●首長令 しゅちょうれい
AD1534
国王至上法ともいう。1534年11月に開かれた宗教改革議会の第6会期で決められた法令。イギリス教会をローマ教皇の支配から切り離し,国王がその頭首たることを宣言している。アン=ブーリンとの再婚を実現するため,即位以来の王妃カザリンとの離婚を決意した国王ヘンリー8世は,ローマ教皇に圧力をかけるため1529年11月に議会を召集,教皇の出方をみながらイギリスにおける教会の自立をもたらすような法令をいくつか通していったが,相手に妥協の気配がみえないためついに首長令の制定となり,教皇至上権が否定されて国王至上権が樹立された。法文中には〈わが国王陛下およびこの国王を相続し継承する本王国の諸王がアングリカーナ=エクレシアと呼ばれるイギリス教会の地上における唯一最高の首長と解され認められみなされるべし〉とある。メアリ1世のカトリック復帰によって一時廃止されたが,エリザベス1世の即位によってローマと再度断絶,1559年1月に召集された女王治世最初の議会は3月に首長令を可決,ここに君主を頭首とする国家教会が復活された。そのさい女王は〈聖俗のあらゆる事がらもしくは事項に関しての……唯一最高の統治者〉とされており,1534年にみられた〈地上最高の首長〉とは相違を示している。首長から統治者への称号変更はカトリック信徒の抵抗を軽減し,同時にそれが引きおこす面倒な神学上の問題を回避するためのものであった。またその変更は君主個人の支配を弱めて“議会における君主”の支配を強化するにいたったとも説明されている。いずれにしても教会を掌握する最終的権威が霊的なものから世俗的なものに移行したわけである。