●呪術 じゅじゅつ
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【定義】呪術にはさまざまな定義があるが,一般に,ある人物が善悪を問わずなんらかの目的から,神,精霊といった超自然的存在やマナなどの非人格的な呪力に頼り,自然の運行に介入し,意図どおりの種々の現象を生じさせることができるという信念の体系,およびそのような思考にもとづいた儀礼的行為全般をさす。“呪術”は英語の maGic,仏語の maGie などの訳語であるが,従来用いられていた“魔法”や“魔術”という訳が反社会的で邪悪なニュアンスをもちがちであるために,比較宗教学や文化人類学ではより価値中立的なこの訳語を用いる。なお,maGicの語は,古代ペルシアのゾロアスター教の司祭を表す maGi から由来したものといわれている。【呪術と宗教】呪術はしばしば,宗教との対照において理解されてきた。たとえば,イギリスの人類学者フレーザーは,自然を統轄する神や精霊といった超人間的な諸力への宥和,慰撫を基礎とする宗教に対し,呪術を行う者はこれらの諸力や非人格的呪力を強制,脅迫,利用し,自らが望む結果を得ようとすると論じた。さらに,発生論的に,呪術は宗教に先行すると主張した。それに対して,フランスの社会学者デュルケームは,宗教の原初形態は非人格的力の観念にもとづくトーテミズムであり,呪術もそれと同じ力を基盤にしていると説いた。また,彼の弟子モースとユベールも同意見であり,社会的に組織だてられた宗教に比し,呪術は私的レベルで行われるもので,しばしば反社会的ニュアンスをもっていると述べた。現在の文化人類学では,呪術と宗教の分析レベルにおける区分は有効であり,実際に使用されているが,両者の先後関係の議論を含む起源論は,一般に不毛とみられ,展開されていない。また,呪術と宗教との一般的弁別基準があてはまらない現象も多くの文化でみいだされており,そのさいには“呪術=宗教的 maGico-reliGious”といった折衷的な用語がよく使われる。
【呪術の分類】フレーザーは呪術的思考は神秘的な共感の法則を基盤にしていると説き,さらに共感の原理は2種類に区分できると論じた。一つは似たもの同士は影響しあうとみなす,類似の法則にもとづいた“類感または模倣呪術”であり,もう一つは一時接触しあっていたもの同士はそののちに空間的に隔だったとしても相互作用しうると考える,接触または感染の法則による“感染呪術”である。このような呪術の理論的思考面での区分と同時に,フレーザーは実際面でも呪術は積極的なものと消極的なものとの二つに分かれ,後者がいわゆるタブーであると主張した。これらとは別の分類として,使用目的の善悪に依拠した区分もある。一般的なものは,社会に幸をもたらすために行われる白呪術と,反社会的な悪意ある意図から行使される黒呪術とがある。前者の例としては,病気治療のための呪術や雨乞いの儀礼などがあげられよう。また,黒呪術は別名“邪術”ともいわれるが,一部では規範逸脱者に対する懲罰用呪術や略奪者,盗人から自分の所有物を防衛するために用いられる呪術をこの名で呼ぶ場合もある。これらの例では,呪術の対象とされた人物には災い(病気,痛みなど)がもたらされるが,それはいわば自業自得ともいうべき事態なのである。さらに,社会人類学では,エヴァンズ=プリチャードの南スーダンのアザンデ族研究以来,邪術は“妖術”と明確に区別されて用いられることが多い。明白に意識された反社会的意図から行われる呪術としての邪術に対して,妖術の場合は,生得的な神秘力によって本人も気づかないうちに他人に危害を加えているのである。ただし,アフリカのアザンデ族やニャキュサ族のように,両者の区別が明確に認められている社会もあるが,その区別がさほど重要でない社会もある。
〔参考文献〕J.フレーザー 大橋卓介訳『金枝篇』全5巻1966〜67,岩波書店
M.モース 有地享ほか訳『社会学と人類学I』1973,弘文堂