●祝祭日 しゅくさいじつ
AD
宗教上の祭典や民族・国家の催す祝事に関する記念日。本来的には氏族や部族,国家といった共同社会の集団表象を示すものであるが,現在では世俗的労働から解放され,さまざまな催し物や饗宴を伴うことが多い。起源は,原始・古代社会における季節祭といわれ,暦のなかに1年の生活のリズムとして配置されてきた。それが,各種の宗教が成立してゆく過程で取り込まれ,意味づけられた。たとえばキリスト教の降誕祭(クリスマス)は,もともと冬至の祝日であった。この日を境に太陽の力が増してくることから“太陽の誕生日”とみなされていたものに,キリスト教徒が新たな意味を付与したのである。また春分直後の復活祭は,巡り来る春を祝い,農民にとっては種まきの日であった。さらに,聖霊降臨祭は,秋の収穫感謝祭と重なっている。五月祭(メーデー)と万聖節は,牧人たちの祝日にちなんでいる。5月1日と11月1日は,牧畜生活を営んだ古代ケルト人が二大祭祀を催す日であったという。すなわち,前者は家畜を放牧する時期にあたり,後者は再び小屋におさめる季節にあたっている。その異教徒の祝祭日を“諸聖人の祝日”と改めたといわれる。今日では,五月祭は労働者の祭典として世界的に祝われるようになったが,本来はその1日の世俗的労働を禁じて,教会に奉仕させるためのものであった。祝祭日の多くは,現在休日とされ,勤労者に歓待されている。過去においても,たとえば復活祭には奴隷を含めたすべての階層のタブーをその日に限り停止するなど,自由と休息,また生命力の回復の意味が持たされていた。祝祭に関する民間信仰には死者に対する奉献を行う祖先崇拝と,太陽や月,種まきと収穫などを尊び,祝う自然崇拝とがみられる。しかし,社会が複雑になるにつれて,国家の設立や戦争の勝利,英雄や偉大な指導者などを記念して祝日が設けられるようになった。ただ,そうした政治的趣旨の背景に,かつての祖先崇拝,自然崇拝,さらに民間の年中行事の慣習といったものがあるのは疑いないところである。【日本の祝祭日】古来,日本では祝日と祭日とを概念的に区別してきた。神道にもとづく家(とくに皇室)の祭祀や氏神などを祀った神社の祭事が行われる日を“祭日”,国家の定める祝いの日を“祝日”と呼んだ。戦前,祭日は大小二つに分かれていた。大祭日は,元始祭(1月3日),紀元節祭(2月11日),春季皇霊祭(春分の日),神武天皇察(4月3日),秋季皇霊祭(秋分の日),神嘗(かんなめ)祭(10月17日),新嘗(にいなめ)祭(11月23日)などで,天皇自身が祭典を取り行った。小祭日には,歳且祭(1月1日),明治節祭(11月3日)などがあり,祭典を司るとは掌典長であった。大祭日のほとんどは休日とされ,祝日と重なっているものも多い。祝日には,新年節(1月1日),紀元節(2月11日),天長節(4月29日),明治節(11月3日)の四大節と新年宴会(1月5日)の五つが数えられる。戦後になって,こうした皇室儀礼にもとづく祝祭日は改められ,1948年7月20日,〈国民の祝日に関する法律〉が制定されて,9祝日が設けられることになった。さらに1966年,建国記念日を始め,三つの祝日が新たに加えられた。
現在日本の祝日は次の12日である。[1]元日(1月1日,年始の祝い)[2]成人の日(1月15日,成人となった男女を祝い励ます)[3]建国記念日(2月11日,建国を偲ぶ)[4]春分の日(春分日,自然を尊び生物を愛でる)[5]天皇誕生日(4月29日,天皇の誕生日を祝う)[6]憲法記念日(5月3日,日本国憲法の施行を記念)[7]子どもの日(5月5日,子どもの人格を養いその幸福をはかる)[8]敬老の日(9月15日,老人を敬愛し長寿を祝う)[9]秋分の日(秋分日,祖先を崇拝し亡くなった人々を偲ぶ)[10]体育の日(10月10日,運動やスポーツを通じて健全な心身を鍛える)[11]文化の日(11月3日,文化を奨励し自由と平和を称える)[12]勤労感謝の日(11月23日,勤労を尊び生産を祝う)