●十分の一税 じゅうぶんのいちぜい
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戦利品の一部を勝利をもたらした神に捧げるという古い風習に起源をもつ貢祖が、古代ユダヤ教では、収穫の初穂の10分の1を神に捧げる初穂料の意味をもつようになった(「レビ記」27章30以下)。キリスト教会では、初めは信徒が自発的に行う善行とされていたが、5世紀以来教会法によって課せられ、カロリング王朝は国法により全信徒の義務と定めた。10世紀に、私有教会制(聖俗にかかわらず個人が、一定の教会やその所属財産に権利をもつ制度)が盛んになるにつれ、世俗領主の私物化が横行し、教会はグレゴリウス改革を通じてその確保を試みたが、完全に成功するにはいたらず、フランスでは大革命期、ほかでも19世紀に廃止されるまで、利権として売買や相続の対象とされた。中世においては、教区司祭の生活費や教会活動の維持費を建前として、穀物、ブドウ酒、秣や家畜を初め、畜産品、亜麻、野菜さらに開墾地などにも課せられたが、実際には15分の1程度にとどめられていた。今日でも信徒は所属教会に教会維持費を納入するが、教派によっては厳格に収入の10分の1を義務づけている。