●十二表法 じゅうにひょうほう
ヨーロッパ ヨーロッパ AD
ローマ最古の成文法。エトルリア人の王を倒したあと行われたパトリキ(貴族)とプレブス(平民)の闘争によってつくられる。青銅の碑文として広場に掲げられていたが,前4世紀中ごろガリア人が侵入した際の大火で焼失したといわれ原文は伝わっていない。ローマでは共和政初期には慣習法が行われていて法の知識は貴族・神官が独占しており,プレブスは訴訟のさいにはパトリキの恣意的な法の適用により不利益を受けていた。そこで護民官テレンティリウス=ハルサの提案により10人の成文法制定委員が任命された。前451年,10表からなる法案が制定され,さらに翌年2表が制定された。法制定のためにアテナイに使節を派遣してアテナイの法を研究したといわれている。第1〜第3表民事訴訟,第4,第5表相続法と家族法,第6表所有権,第7表相隣地関係,第8表不法行為法,第9表公法,第10表宗教法,第11,12表追加の法から成る。十二表法は体系的に編さんされたものではなく既存の慣習を個別的に規定し新たな法を定めることによって,法の恣意的な適用を排除しようとするものであった。