●十二イマーム派 じゅうにイマームは
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シーア派中最大の分派。この派はアリーを含むその直系12代をイマームとみなしている。12代目のムハンマド=アル=マフディーは874年に姿を消して隠れイマームとなり,やがてマフディー(メシア)として再臨し,世直しをすると期待されている。このような十二イマーム派の立場が確立したのは10世紀前半であるといわれる。十二イマーム派は16世紀まで少数派としての試練,迫害に耐えぬいてきたが,16世紀初頭イランにおこったサファヴィー朝がこの派を公認し,以来歴代王朝に引き継がれ,パフラビー朝の国教にもなっている。現代イランにおいて支配的,ただし1979年,パフラビー朝を倒して成立したイラン=イスラーム共和国は,この地のムスリムの大多数がこの派に属するにもかかわらず,国教を単にイスラームとしている。この派に属する人々は,イラク南部,クウェート,アフガニスタン西部などに多い。十二イマームの多くは殉教を余儀なくされた。したがってこの派の宗教行事には殉教を記念するものが多い。またこの派の聖地は,フサインの廟のあるカルバラー,アリー廟のあるナジャフ,第7代・9代イマーム廟のあるカーズィマイン,第8代イマーム廟のあるマシュハド,その妹ファーティマ廟のあるコムなどで,いずれも主要な巡礼地となっている。