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●周敦頤 しゅうとんい

アジア 中華人民共和国 AD1017 北宋

 1017〜73 字は茂叔。道州常道県(今の湖南省道県)の人。地方官を歴任したのち,晩年は廬山の蓮花峯のふもとに住み,そこに故郷レンケイ※注1※の名をつける。そのためにレンケイ※注1※先生といわれた。彼は一般に道学の祖と称される。北宋道学の中心に位置する二程兄弟(テイユウ※注2※・程頤)のその少年時代の師であったからであるが,二程には彼から学を伝授されたという自覚は稀薄であった。道学内で周敦頤評価を決定的にしたのは,南宋の朱熹である。朱熹は敦頤の『太極図説』をとくに尊び,その称揚を通して敦頤に道学の祖としての地位をあたえた。敦頤の思想は,無欲を説き,自然のなかでの心性の安定をいうもので,天地と人性との連続的な関係や聖人になりうる可能性を説くところには,二程以降の道学に展開していく要素がみえている。主著には『大極図説』のほかに『通書』がある。また若干の詩文が残されており,とくに「愛蓮説」は有名である。

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