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●集団的安全保障 しゅうだんてきあんぜんほしょう

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 多数の国家が相互に,戦争,その他の武力の行使を禁止し,これに違反して戦争,その他の武力行使を行う国に対して,その他のすべての国が集団で防止,または鎮圧することをいう。

 主権国家の絶対性を前提とする個別的安全保障に依存すると,どうしても仮想敵国の設定から軍備競争となり,それが同盟に対する同盟の結成となり,第一次世界大戦のような世界中を巻き込む戦争に発展した。そこで第一次世界大戦後1920年1月20日に,各国家の連合組織としての平和機構である「国際連盟」が発足し,世界の平和の維持と,国際協力を目的として活動を開始した。平和の維持については,[1]集団安全保障,[2]国際紛争の平和的解決,[3]軍縮,が重視され,侵略・主権侵害,および武力行使が禁止され,侵犯国には総会の決定にもとづいて制裁が課せられることとなった。しかし「国際連盟」の平和維持機能は,アメリカの不参加,1930年代における常任理事国の日本・ドイツ・イタリアの脱退,フィンランド戦争を理由とするソ連の除名などによってしだいに弱体化し,第二次世界大戦(1939〜45)を防げなかった。 第二次世界大戦後,1945年10月24日,「国際連合」が発足し,「国際連盟」は,1946年4月18日に解散した。「国際連合憲章」には,2段階の集団安全保障の組織が規定されている。その第1は,全世界的な,または一般的な集団安全保障の組織としての「国際連合機構」であり,第2は,国際連合憲章第8章の地域的取り決めにもとづく「地域的集団安全保障機構」である。前者については,とくに国連憲章が「安全保障理事会」に,国際の平和と安全を維持する第1義的責任を付与し,国際連合は,紛争の平和的解決・集団安全保障・軍縮という国際連盟の原則を継承してきたほか,平和の破壊者に対する「安全保障理事会」の統制下での軍事的強制措置に重点をおいてきたが,実際は常任理事国に拒否権が与えられていることと,大国間の協調が成立しないことによって,「安全保障理事会」の機能は麻痺し,強制措置は実施されることなく推移してきた。後者については,第二次世界大戦後に多くの「地域的集団安全保障条約」が締結されている。[1]自由主義諸国によるもの(例)北大西洋条約(1949)・日米相互協力及び安全保障条約(1960),[2]社会主義諸国によるもの(例)ワルシャワ条約(1955),ソ連・北朝鮮友好協力および相互援助条約(1961)

 国連加盟国は,国際連合憲章第51条にもとづいて,「安全保障理事会」が,国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでのあいだ,個別的または集団的自衛を行うことができるとされている。この国際連合憲章のいう集団的自衛権が,今日の多くの国あるいは,多数国の集団安全保障体制の根拠になっている。 集団的自衛権とは,自国と密接な関係にある国家が武力攻撃を受けた場合に,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,被攻撃国を援助し,共同して防衛する権利をいう。世界における地域的な集団安全保障条約は,集団的自衛権の行使を明文化しているのが通常である。たとえば北大西洋条約第5条は,締約国はヨーロッパまたは北アメリカにおける,1または2以上の締約国に対する武力攻撃を,全締約国に対する攻撃とみなして,必要と認める行動を他の締約国と共同してとることによって,攻撃を受けた国を援助するとし,ワルシャワ条約第4条は,各締約国は,攻撃を受けたヨーロッパにおける締約国の1または2以上の国に対し,他の締約国との合意により,必要と認めるすべての手段をもって,援助を与えなければならないとしている。