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●周公旦 しゅうこうたん

アジア 中華人民共和国 AD 

 生没年不明。中国,周代の政治家。姓は姫,名は旦,采邑の地名によって周公という。周の文王の子。兄の武王(ぶおう)を補佐して殷を滅ぼし,殷滅亡後2年にして武王が死ぬと,幼少で即位したその子成王を助けて政治を行い,周王朝の諸制度を定めてその基礎を固めた。殷の残存勢力が反乱をおこしたときには,自ら遠征軍を率いて東方に遠征,その足跡は山東半島にまで及んだ。遠征ののち,現在の洛陽の地に洛邑を建設したが,これは本来の都である豊鎬を宗周と呼ぶのに対して成周と呼ばれ,周が新たに進出した中原を支配する拠点となった。周王朝の基礎固めをした重要な人物であるが,その実際の事蹟については不明な点が多い。後年,周代は諸制度の整った理想的な時代と観念され,周公旦は中国文化の方向を定めた聖人として尊崇された。『論語』述而篇には周公の夢をみなくなったといって孔子が自分の衰えを嘆く話がみえ,戦国時代ないし前漢のころに成立した『周礼』は,周公の定めた礼制を記した書であると尊重された。