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●周圏論 しゅうけんろん

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 日本民俗学における比較研究法上の概念。民俗資料について調査分析していくとしばしば“遠方の一致,近くでの不一致”と呼ばれるように,ある民俗文化が近接した地域とは相違しながら,比較的遠くの地域と類似するという場合がみられる。この点に注目して,とくに方言の分布を通じて柳田国男が提唱した考え方が方言周圏論であり,以後の研究者によって民俗文化のより拡大的な領域に適応されてきた考え方が文化周圏論である。

【柳田国男の方言周圏論】柳田国男は1930年(昭和5)に『蝸牛考』を発表し,そのなかで全国に豊富な蝸牛の方言を整理し,デデムシ系・マイマイツブロ系・カタツムリ系・ツブリ系・ナメクジ系・ミナ系の6系統と,さらに新しい系統とみなされるツノダシ系があることをあげ,その分布状態を示した。その分析のなかから,蝸牛に対する新語が発生すると,元来それをさしていた語が周囲に追いやられる過程が繰り返され,古語の層が新語発生地の周辺に輪状に形成されていき,外周にある語の層ほど発生の古い語であるとの仮説を発表した。そして〈若し日本がこのような細長い島でなかったら,方言は大凡近畿をぶんまわしの中心として,段々に幾つかの圏を描いたことであろう。従って或方面の一本の境線を見出してこれを以て南北を分割させようとする試みは不安全である〉と説き,全国をいくつかの方言区域に分かつ方言研究の立場に批判を浴びせたのである。

【その評価と継承】柳田国男の周圏論はこのように方言の分布を考察する過程で提示されたもので,その後もこの周圏論が適用可能な領域は,民俗文化のなかでも比較的自由に伝播が可能な言語や口頭伝承に限られ,個々の地域の地理的・社会的条件に不可分な関連をもつ習慣や信仰の研究においてはその安易な適用をいましめたという。しかし柳田自身のなかにも,たとえば〈都市の生活が始まってからは,新しい文化は通例其中に発生し,それが漸を以って周囲に波及して,次々に一つ前のものを,比較的交通に疎い山奥や海の岬に押込める〉というように,より幅広い文化の動態論が周圏論と結びつけて考えられていたことに疑いはない。すなわち,方言周圏論文化周圏論に拡大展開される基礎があった。後者の立場はその後徐々に民俗学研究者のあいだに暗黙の了解,さらには前提として定着したかの感があり,いかにそれが明確化されてきたかは必ずしも十分明らかではないが,たとえば1944年(昭和19)に倉田一郎は農耕儀礼の比較研究に依拠しながら,〈文化の周圏とは,古代はとにかく少なくも畿内あたりが文化の中心になって以後,中央から新しい文化の波が次々に四方へ圏波のように拡がり,遠方にいくほどその波及力が鈍ることに依って,中央から遠ざかるほど,古い文化が沈滞する結果を生ずる現象をさすのである。こうして遠隔の地は中央に近接の地域よりも古風を存し,山村や離島が濃厚となった〉と,明確に文化周圏論をうち出している。そしてこの立場は,とくに,民俗文化の分布差を時代差ないし変遷過程と関連させて把握しようとする立場の人々のあいだに,基本的には定着した。

【現況】周圏論は元来民俗資料を比較研究する上での一つの方法論として提示された。しかしその後今日まで,一定の限られた地域内における周圏論の有効性については具体例にもとづき検討が加えられてきたが,この方法が民俗文化のどの領域に妥当性をもつかとの検証を含め,全国的な視点に立った検討は十分なされないままになっている。そして一方で,民俗文化の調査分析が,より地域の社会・経済的な構造とのかかわりのなかで進められつつある現在,とくにこの立場に立つ人々にとっては周圏論的思考への関心は薄れているといえよう。また,周圏論の考え方は日本の民俗文化の単一性を前提基盤に成立しうるものであるが,この前提への疑念も近年民俗学研究者のあいだから提示されてきている。

〔参考文献〕柳田国男「蝸牛考」定本柳田國男集,1960,筑摩書房

野口武徳他編『現代日本民俗学』1975,三一書房